第253話「接ぎ木」
『この場所から見える世界の全てが、君と私のものとなるだろう』
眼下に輝くのは、まだ蒼い地球。遥かに昔の、空の上の光景。
嘗てそう口にした『彼』と。今の『彼』は、姿形は同じであっても、連続していない。
『だから、私を兄と呼んで欲しい』
人が変わったであるとか。権力に取り憑かれたであるとか。そういった生易しい話ではない。
「
彼女の兄は、もう、この世には居ない。少なくとも。彼女は、そう定義する。
『ほら、美齡、蝶々だ』
三一聯合公司、第二位。いや、それ以前の中華、亜細亜の皇帝。
人の器では治めきれぬ世界を治めぬために。彼等は、外法に手を染めた。人格の電子化と、義体による『人間』の拡張。
それだけならば、良かった。しかし人は老いるものだ。ただ人間をベースとした機械知性を生き永らえさせても。それは、世界を導く者とは成り得ない。時代遅れのがらくたが力を握り続けることを。世界は決して良しとはしない。
故に、システムの『更新』が必要だった。そのための『生贄』が必要だった。その時代で最優秀の人間に、最優秀の教育を施し。機械の身体に馴染ませ、人格を電子化し、最終的に『第二位』というシステムに組み込む。
彼女の兄は、そのための部品で。彼女は、恐らくはただの予備だった。
『第二位』と呼ばれるものは。そうして何人もの思考と人格を統合した、巨大なキメラだ。それに取り込まれたものを、最早彼女は兄とは呼べない。
たとえ、その外見が。以前と寸分違わぬとしても。たとえ、その中に。何分の一か、何十分の一か、何百分の一か。兄であったものの要素が紛れているとしても。
あれは、ただの
アレが執拗に己を付け狙うのも。恐らくは、次に『接ぎ木』する先を探しているだけなのだろう。アフター徳カリプスの世界を識るために。己が完全なシステムであるために。
彼女は、それを良しとしなかった。
だから、名前を変え続けた。
だから、一人で戦い続けようとした。
だから、これ以上失うことを恐れていた。
己に纏わるものが、これ以上変わってしまわぬように。
「……そうか、これが。走馬灯というやつか」
彼女は。ノイラは。蕭美齡は、呟いた。声が、聞こえる。
何処かで、聞いたことがあるような声だった。多分、己の記憶の中にあったと思う。兄であったものか。はるか昔の、売られる前の両親のものか。それとも……
「無茶だぁ!生身でそんなとこに突っ込んだら、死んじまうだぁ!」
「うるせぇ!俺は何とかなンだよ!!」
もっと最近の、騒がしい声か。
徳エネルギーの嵐。未知の経文。構築式。そういったものが吹き荒れる中を。ガンジーは無理矢理掻き分けるように進んでいた。
『術式』の根を千切り、掻き分けながら彼は我武者羅に進む。後ろから、光定少年が半泣きになりながら押し留めようとしているが……少年もまた、彼と地面の仏舎利に、不気味に近付いてくる『根』を払い落とすのに精一杯だ。
徳エネルギーによる干渉。恐らく奇跡の類ではあるのだが。もはや、意識すらせぬうちに出来ていた。
「それに、多分……アイツが俺にやらせたかったのも、『そういうこと』だ」
ガンジーは『第二位』をチラリと見た。あの男は、先程の場所から動かず、此方を見ている。敢えて手出しを避けているのか。それとも、何かの事情で出来ぬのか。それは分からぬが。やはり気に食わないとガンジーは思った。
中心の、白い領域に近づくに連れて、経文の密度が濃くなる。耳に幻聴が交じる。祈るような声。読経の声。彼方から聞こえる、男の声。
「うるせぇ……!今、取り込み中だ……!」
構わず、彼は歩みを進める。身体の内を、『根』が何本も貫通する。実体は無いが、臓腑の奥を覗かれるような、気味の悪い感覚だけが残る。
そして。その手が、中心の空間へと辿り着いた。
「ガンジー……」「ガンジー……なのか?」
蹲るように固まっていた、採掘屋達が。ガンジーを見た。
「あぁ……そうだよ。悪ぃ、遅れた」
もはや、あの『根』は追ってこない。幻聴も掻き消えた。彼はパンパン、と身体を払うと、その先を見た。蹲る採掘屋達の中心にある、人形のような彼女の姿を。
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ブッシャリオンTips 蕭玄燁
現在最新の『第二位』の素体であり、器。ノイラの兄であったもの。彼の意識は長期間かけて『第二位』というネットワークに接続されており、何処までが個人としての思考、人格であるかの分別は困難。
徳カリプス直前期にとある理由で袂を分かったこと。そしてアフター徳カリプスの時代に於いて人類社会を維持することを放棄し、得度兵器への肩入れと静観を続けた彼を、ノイラは既に義兄ではないと定義している。
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