第246話「伽藍堂・Ⅱ」
「それでも」
それでも。たとえ、己が全てを背負えずとも。『マロ』は、全身全霊を尽くさねばならぬ。この世界のために。否、この世界に生きる者のために。
……否。ただ一人の少女の、ヤオのために。
つまるところ、彼に背負えるものなどその程度だ。千年生きようと万年生きようと。彼一人ではそれが限界だ。
だが、皮肉な話ではあるが。それを守るためには、全てを識らねばならぬ。この世界に渦巻く陰謀を覗き、未踏の領域に潜む謎を解き明かさねばならぬ。これは、今までのような暇潰しではない。過ちは許されない。
「ほう……伽藍堂な男かと思ったが。何か策があるとでも?」
「……この計画には、一つ、大きな穴があるでおじゃる」
得度兵器の、恐らくは最終計画。それでも、この計画には、明らかな欠陥がある。だから、ここまで証拠が出揃うまで予測し得なかった。誰もが、恐らくは田中ブッダでさえも。『不可能』だと思っていたから、考えさえしなかった。
『マロ』はゆっくりと茶を啜り、茶菓子をつまむ。ただでさえ『第三位』と話すのは神経を擦り減らすというのに、此の上頭を動かす糖分が切れかけている。
計画が不可能というには、明確な訳がある。
星をマニ車に改造する。可能だ。
膨大な徳エネルギーの奔流を地表に固定し、全人類を解脱させる。恐らくは、可能だ。
だが、その中間。
「星を動かす功徳は、誰のものになるでおじゃる?」
彼の最新仮説が正しいならば。功徳が、情報の蓄積であるならば。星を動かす功徳は星の記憶に等しい。大昔のガイア理論等という与太話ではなく、正真に、星ひとつの功徳を受け止め、功徳ポテンシャルと為す、知性ある『何者か』が不可欠だ。
人間には、無理だ。解脱してしまう。解脱耐性者、或いは舎利ボーグの類とて、処理できる情報には大差無い。『解脱しない』だけで、それだけの徳を積めば、どうなるか分からぬ。
そして、機械には徳は積めぬ。
だが、
「……幾つか、心当たりはある」
と。エミリアは口を開いた。
「……おじゃ!?」
挙動不審になる平安貴族もどきを他所に、彼女は彼方を思う。それらの『可能性』の中で。その中でもとりわけ、一番『わかりやすい』存在を。彼女は、誰よりも知っている。
人でも無く。機械でも無く。それらと比べて尚、桁の違う処理能力を以て、遥か天上より地を視るもの。
嘗て『ユーロ』がモデル・クーカイの技術を転用し創り出した、レプリ聖人研究。その発展系。聖人を越え、救世主すら越え、その先に至ろうとした、万能でありながら全能でない『出来損ない』。モデル・XXXX(クアドラプル)。
何の皮肉であるのか、現在の呼称を確か、『茨姫』。
彼女の容量ならば、こと足りかねない。その『材料』の一部は、彼女の血を継いでいる。彼女の今在る座に、未練もある。であるからこそ、忌まわしくもある。
だが……
「が、易易と『核』になるとも思えぬ」
その意図は、測りかねるが。『そうなる』つもりならば、態々得度兵器の行動原理が『変わった』ことなど、貴重な直轄回線を割いてまで報せには来ぬだろう。
何より。つまるところは、それは星と一つになることだ。肉の器を持つ存在に、それが叶うのかという疑問もある。
「……なんだか、この期に及んでマロが聞かされてない情報が沢山あるような気がするでおじゃるが」
「徳エネルギーと機械知性については、余すところなく伝えている筈であるが」
『マロ』は御簾の奥に目を向ける。彼女は恐らく、嘘は言っていない。ただそれは、『嘘を言っていない』だけだ。
徳エネルギー。そして、得度兵器の母体となった機械知性。その他に、『何かある』のか。
「……取り敢えず、『心当たり』とやらについては余さず話して貰うでおじゃる」
「……功徳が情報であるなら、理論上、それを計算機上で構築することは不可能ではない、というのが、再検討による一応の結論であったな?」
「まぁ、理論上だけで言うならそうでおじゃるが」
ざっくり言ってしまえば。「機械も功徳を積める『かもしれない』」という可能性の話だ。とはいえ、飽くまで可能性は可能性だ。実証を進めるには、設備も時間も何もかもが足りない、今はただの、机上の空論である。
「……世が世なら、これだけで一生食べていける研究なんでおじゃるが……」
『マロ』はぼやく。
功徳からの情報の『書き出し』が出来るなら、その『逆』が出来るかもしれない、という発想ではあるのだが。正直な所、半信半疑以下だ。徳エネルギーの根本モデルにも関わる話だけに、手数が足りない。
「せめて、あと三人くらい麿が居れば……」
「クローンならば当てがあるが」
「遠慮しておくでおじゃる。話を戻すでおじゃる」
「つまりは、『惑星規模の演算装置』があれば、事足りるということになるではないか?」
「まぁ、そうなるでおじゃるかなぁ……」
流石の
惑星規模の演算装置は、嘗て存在した。『虚天実網』と呼ばれた、大気上層に構築された事実上の大規模演算装置。それならば、星そのものと言っても、まぁ差し支えはなかろう。
だが、それは徳カリプスに伴う上層大気の撹乱によって半壊状態のままである筈だ。もしもそれが生きていたら、得度兵器は今より遥かに手強いものであっただろう。
そして、もう一つ。エミリアは、口を開く。この星にあって、最も『危うい』可能性。
「……南極大伽藍。中央情報構造体」
プラン・ダイダロスが権限を持っている、
そして、南極は。得度兵器の謂わばメッカだ。
「……南極」
『マロ』は、麿眉を潜める。
「恐らくいまだ、手中に納めてはいないだろうが」
例の警告は、『そのこと』かとも思ったが。それにしては、動きが生温い。それにあれは、本体の建造こそ百年以上前だが、演算器そのものが一種の『生態系』として自律進化する規格外品だ。迂闊に外部から介入すれば、バランスが崩れて性能が著しく低下しかねない。
そして、それが故に。
「……新造する可能性は無いでおじゃるか?」
「……流石に、あの容量の計算装置を新造するのは無理だろう」
新造も不可能。得度兵器とて、『無』から生まれている訳ではない。自然、その活動には物理的な種々の制約が掛かる。
或いは、何かしらのブレイクスルーを遂げていない限りは。
「まぁ、そうでおじゃるなぁ……」
演算装置とて、無から情報が生まれるわけではない。仮に器を整えたとて、人間以上に組み上がった、徳を積めるような
だが、
無から生まれる情報を。彼らは、知っている。
徳エネルギーという『通行手形』によって、『既に地上から消え去ったもの』が黄泉帰る様を、知っている。
一瞬、『マロ』の背筋を冷たいものが走った。
もしも、その原理を演算装置に転用すれば。
遠く東の地で起きていることを。その意味に気付きながらも、彼等は知らぬ。
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ブッシャリオンTips 茶菓子
『マロ』が以前、面会時に執拗に要求したため、第三位との面談時に限って茶菓子と茶が供されるようになった。船団の生産能力の都合から饅頭や落雁等が多いが、『マロ』はそれを半分食べ、残りは持ち帰って誰かに分け与えているようである。
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