第236話「半死人」

 地揺れに紛れて、彼等は動力炉への道をこじ開けた。猿の頭をしたドロイドは、まだ湧き続けているが……先程の揺れの影響か、出て来る数に限りが見えてきたようにも見えた。

「これなら、暫くは持つ……か」

 肆捌空海は呟く。壁を背にした分、火力も護りも固め易くなった。

 流石に拠点の重要施設には迂闊に手出し出来ぬのか、攻め手も弱まっている。

しかし、この状況も良いこと尽くめではない。何しろ、後ろが壁で退路が無い。加えて……

「っつ……!」

 彼は頭を押さえる。水の中に居るような、水圧を受け続けているかのような感覚。高タナカの徳エネルギーだ。

 原因は無論、彼等の足の下を流れる徳エネルギー流路のせいだ。地の底から漏れ出る量だけで、下手をすれば得度兵器同士の交戦で撒き散らされる量に匹敵しかねない。一体どれ程の量が拠点へ送り込まれているのか。

「……あたまが、いたい」

 異能を持たぬガラシャですら、体調不良を訴えるレベルにある謂わば、自分の中身を揺らされるようなものだ。徳の高い人間程、影響は大きい。だが、

「……どうしちまったんだ。何かあったのか!?」

 ガンジーだけは、何故かピンピンしていた。

「なんでなんともないの!?」

「いや、俺はむしろそっちがどうなってんのか聞きてぇんだが…」

「……高、密度の。徳エネルギーが……足の下を、流れ込んで」

 肆捌空海は切れ切れに喘ぐ。

「……ってことは、もしかして」

 ガンジーは言いかけて、そこで口を噤む。その先を今、言葉にしてはいけない。

 動力炉に、徳エネルギーが流れ込んでいる。つまり……なんらかの方法で。

外からのエネルギー供給が行われている。即ち、もう、動力炉を機能停止させたとしても、意味が無いかもしれないなどと。今までの努力が徒労であったかもしれないなどと。そんなことを決して、口に出すべきではないのだ。

「……調子がおかしいのは、それが原因なんだな?何か治す方法は無ェのか?」

「動力炉の、内側だ」

 動力炉には恐らく、徳ジェネレータの如き遮蔽機構がある筈だ。本来は内部の徳を逃さぬためのものだが、裏を返せば外部環境の変化に対する仏理的吸収装置(アブソーバー)として働く。

 あのクレイドルが、外の環境から隔絶されていたのと、同じように。

「なら、やることは変わらねぇな!」

 思考を切り替える。当初の目的が果たせぬなら、まずは全員生き残ることを考える。悟りめいた割り切りだが、これは彼の経験から導き出されたものだ。このアフター徳カリプスの荒野では、捨てられぬ者から死んでいくのだから。

 僧兵達が防戦している間、ガンジーは爆薬の最後の残りをありったけ壁際に設置する。本来なら入り口の形に輪のように吹き飛ばすのが正解だが、時間の余裕は無い。

「こっちに盾をくれ!」

「心得た!」

 徳エネルギーの盾でその周辺を椀のように押し潰して塞ぎ、起爆する。

 ドゴォン!

 反応炉に描かれた『宝』の字の丁度点の辺りに、小さく穴が開いた。密閉された徳エネルギーが穴から吹き出る。これで、望まぬ解脱はある程度避けられよう。

 ガンジー達はそこへ身を屈めながら身体を押し込むように進んでいく。

 しかし、

「……ひっ!」

 真っ先に進んだガラシャが、悲鳴を上げる。

「……こいつは」

 その、中には。ソクシンブツのようになった人間の姿があった。得度兵器に連れされれた、嘗ての人間の姿が。

 ただ生かされ、徳を搾り取られるだけになった者達の姿が。

「…………」

 ガンジーは無言だった。僧兵達の中には、怯える者も居た。しかしガンジーの視線はやがて、その中枢に収められた、輝きを放つ『何か』に釘付けになった。

「あれは……」

 肆捌空海は、それを知っていた。正にそれこそが、彼の数奇な旅路の始まりとなったのだから。

「仏舎利」

 ガンジーは、それを直接目にするのは初めてだった。正にそれこそが、彼の最初の旅路の切欠だったのだから。

「……そうか、コイツが」

 ガンジーは、頭を掻きむしる。

「まさか、こんなとこでお目に掛かるたぁなぁ」

 本当に、奇妙な巡り合わせもあったものだ。

 あの時から、本当に色々なことがあった。最初に街を旅立った時から想像も出来ぬ程遠くまで来て。それを今更、目にすることになるとは。しかし、感慨に浸っている時間はない。

 ガンジーは仏舎利ユニットを急ぎ切り離す。

「……やはり、変わらぬか」

 しかしそれでも尚、外の得度兵器の動きは変わらない。このままでは、袋の鼠だ。動力炉の内側から脱出することすらままならぬだろう。

 肆捌空海は、静かに覚悟を決めた。

 ……手元にある仏舎利。動力炉の周辺に集まっている敵。そして、何よりも。共に戦う仲間がいる。今の状態ならば、恐らくは出来る。いや、それ以外に……現状を打開する手段が思い浮かばない。

 唯一の術。それは、仏舎利の徳エネルギーを己の力に巻き込み、暴走させること。嘗て、壱参空海が引き起こした暴走を。己の手で、人為的に引き起こす。

 ……恐らく、同じ結果にはならぬだろう。彼が暴走しても、初期型モデル・クーカイ程の無法は起きまい。上手く行けば、制御に成功するやもしれない。

 あの吹雪の雪原が、瞼の裏に蘇る。

『……おぬしは、間違ってはおらぬ』

 聞き覚えのある、声が響く。あの時に聞いた、ひどく懐かしい声が。

 そうだ、間違っていない。これは、他を生かすための決断だ。

 力を駆動する。徳エネルギーの『壁』が生まれる。それは生き物のように広がり、散っていく。

 しかし、声は続く。

『であるから、生きて、帰って』

 声にならぬ、声が。身体が崩れていく幻覚。そして、その瞬間。


 風が、吹いた。肆捌空海は、目を見開いた。

 それは、彼方で生まれた徳エネルギーの『流れ』だった。

「壱参空海?」

 彼は、そう錯覚した。余りにも似た力の流れだった。しかし、直ぐに何かが違うことに気付いた。誰かが遠くで、力を使っている。それも、初期型のモデル・クーカイが。誰かが、戦っている。

 まるで、諦めるにはまだ早いと、彼にそう告げているかのように。

「……違う。誰だ、誰が戦っている」

 初期型のモデル・クーカイの生き残りは、寺院都市にすらもう居なかった筈だ。彼の知らぬ生き残りが居るのか。それとも、未知の何かであるのか。

「一体、誰が」

「決まってるだろ」

 その戸惑いに、ガンジーは彼方を見据え答える。

「俺の相棒だ」

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