第234話「猿の手」Side:ガンジー

 猿ドロイドの波をかき分けるようにガンジー達は突き進む。だが、

「妙な話だ」

「んだよ?」

「そもそも何故、『こんなもの』が、『こんな場所』に、纏まって存在している?」

「製造場所が近いんだろ!」

 空海の発言に、ガンジーは「そんな余裕は無い」とばかりに怒鳴り返す。

「なら、何故製造場所が其処にある」

「そりゃあ……」

 得度兵器は、合理的だ。一見非合理に馬鹿らしく見えても、人類には窺い知れぬ深慮がその行動の背後に潜むことは決して珍しくない。

 あの猿ドロイドには、武装も殆ど付いていない。得度兵器が人間を気遣っている可能性もあるが、むしろ対人戦……というよりも、何かの『作業用』に見える。ならば必然、疑問が湧いてくる。これ程の労働力を、果たして何に注ぎ込んでいるというのか、という疑問が。

「……動力炉まで、あと少しだってのに」

「ぼやかない!」

 ガンジーはぼやく。ガラシャがそれを窘める。肆捌空海は何事かを考えながら進む。他の者は必死に戦っている。

「膨大な徳エネルギー……労働力」

 何か、あと少しで。ピースが嵌りそうだと。そう思いながら肆捌空海が一歩を踏み出した、その時。



 地面の底が抜けた。

 否、そう。彼の異能には、温泉探知がある。それは転じて地下の水脈を読む力だ。

 彼等はその力で拠点内に張り巡らされた徳エネルギーライン上を進んできた。

その、底が抜けたのだ。読んでいた流れが消え去った訳ではない。よくよく力を凝らせば、遥かに下に、ラインの『底』は存在している。に飲み込まれた故の錯覚のだと分かる。

「この地下に、何かあるぞ!!」

 肆捌空海は叫ぶ!

 拠点の西。そこには、拠点外へと続く巨大なバイパスが埋まっている。彼等が目にしたのは、まさにその『端』であった。クレイドル地下の大ジェネレータすら、この線(ライン)の前では、玩具だ。

 何故、今まで気付けなかったのか。巧妙に遮蔽(シールド)が施されているのか。

 何時から掘っていた。己が揺り籠の中で安穏としている間にか。

 いや、それよりも。

 呼吸が荒くなる。謂わば、地下に大鯰が埋まっているようなものだ。それが稼働すれば、何が起こるか想像もつかない。

「何かってなんだ!」

 しかし、近づくに連れてドロイドの数は増えている。ガンジー達には余裕もない。

「畜生!猿の手も借りてぇ!」

「猫の手でしょ!」

「何か、あと一手……」

 今まで黙していた少年が呟く。僧兵達の徳エネルギーの盾が限界に近付いている。所々に穴があきはじめている。

 だが、敵の動きを一瞬でも止められれば、その隙にジェネレータまで辿り着ける距離ではある。

「無い物ねだり、か」

 しかし、それが思い浮かばない。

「……そういえば」

 ガラシャは、呟いて。ポケットからぐちゃぐちゃの紙包をとりだした。

 クーカイに出撃前に渡された包み。確か、「どうしようもなくなった時に使え」とか、なんとか。そんなことを言っていたような気がする。同時に、「ガンジーには言うな」と強く強く念押しされていたような気がするが。

「おい、何やってんだ!?」

 彼女は、意を決して包を解く。

 ……その中身は、銃のような形状の無針注射器。それに装填されたシリンダーには、『Model Saichoō』の文字。これが何かを、ガラシャは知っている。

「使うしか……ないよね」

 そのリスクも。だが、彼女がそれを手に取ったその時。


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 得度兵器拠点のエネルギー供給は、徐々に逼迫しはじめていた。

 仏舎利炉心の1基が停止し、動力炉が損壊。加えて、膨大な情報量を伴う『外からのアクセス』による帯域の圧迫。得度兵器の消耗。それらが、拠点の備蓄徳動力を次第に蝕んでいた。

 とはいえ、直ちに影響が類の出る類のものではない。せいぜいが、「余裕が無くなりつつある」という程度のものだ。しかし同時に、備える術があるならば行うのがシステムというものの常だ。

 解決策は、単順にして明快。足りなければ、。そのための術ならば、。膨大な徳エネルギーの湧き出す泉を、彼等は押さえている。

 拡大琵琶湖。徳カリプス震源地。超高濃度の徳エネルギーによって汚染された、水の下の古都。

 そして、其処より取水されたエネルギーを流し込むべく構築された、巨大な『誘導路』。徳エネルギーのバイパス。やがて訪れる、大いなる日のための道(ライン)。

 限定開放 想定最大負荷 3.3%』

 地の底を這う大蛇に、膨大なエネルギーの奔流が流れ込む。徳の鳴動が地を揺るがし、亀裂を生む。琵琶湖での核使用によって地下構造に生まれた僅かな亀裂を、『押し広げる』。

 しかし、それは些事だ。これ程のエネルギーの前では、全ては些事だ。


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 拠点全体が微かに揺れる。

「地震か……?」

「どうでもいい!ええいつっこめぇええ!」

 ガンジーが叫ぶ。如何な機械と謂えど、地に二本足で立っている以上、それが揺れれば僅かなりと怯む。猿のドロイドとて同じだ。

「総員、攻性転用!」

 肆捌空海は凄まじい吐き気を堪え、呼応するように叫んだ。

 この千載一遇の好機を逃してはならない。

「え、ちょっと!?」

 戸惑うガラシャを他所に。彼等は、動力炉を目掛けて雪崩込んでいく。


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ブッシャリオンTips 弥勒計画・試験誘導路

 日本列島を貫通するように建造された巨大な徳エネルギーパイプライン。徳島のものと比較しても、その規模は数十倍以上に及ぶ。現在までに一部分のみ完成。得度兵器はこの建造のために莫大なリソースを注ぎ込んできたものと思われる。また、『第三位』による核使用は、これの建造を読んだ上でのこと、という説もあるが、定かではない。

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