第225話「宝の正体」
それでも、機械の『勝ち』は揺るがない。唐装の男は呟く。
「だが、この方法は困る。この方法では、誰も勝者が残らない」
と。
小さな高周波音と共に、アクチュエータが引き絞られる。人に可能な域を容易く凌駕する膂力が、細身の引き締まった肉体へと蓄えられる。
「双撞掌」
何の予備動作もなく。何の予兆もなく。引き絞られた力が、突き出された両腕を通して『宝』の字が描かれた炉心の壁へ伝達される。
それが齎すのは、酷く
分厚い壁が吹き飛び、拉げる。周囲の材料が赤熱し捻れる。それが冷えるのを待つこともなく。『第二位』は壁に開いた人間大の穴から無遠慮に踏み入る。
薄暗い仏堂めいた構造の中に、朧気な光が宿っている。その中に在ったのは、僧侶の姿だった。より正確な表現を期すならば、『僧侶のように加工された人間』の姿だった。
幾人もの僧侶化処置を施された人間が、生命維持装置につながれている。恐らく、既に数年が経過しているであろうか。即身仏一歩手前の如く衰弱している。もはや、一人では生き続けられぬ程に。彼等は、彼女らは、得度兵器の齎した疵だ。まだ解脱兵装が未完成であった頃、得度兵器が強制的に出家させ、徳を積ませ続けている初期の人間達だ。
それが、得度兵器が大事に仕舞い込む、『宝』の正体であった。
しかし『第二位』は人間達には一瞥すらもくれず、歩みを進める。『炉心』の中枢にある朧気な光を目指して。光の正体は、拠点に3つ存在する中枢動力の一つ、何処より回収した筈の大型仏舎利の断片(ブッシャリオン・サンプル)だ。
彼はそれに手を掛ける。今ブッシャリオン・サンプルが欠ければ、得度兵器は拠点を自爆させられなくなる。この場所を
それ以上に。得度兵器による「弥勒計画」のためのピースの獲得を防ぐことができる。
決着が着くには、まだ早い。
争いが長引くことは望ましくはないが、得度兵器が『己を知る』前に人類総解脱という最終目標を達成してしまっては。
それを防ぐために、
男の感覚器官は、今も尚得度兵器の拠点から、通信網から。刻一刻と情報を吸い上げ続けている。状況は想定以上に進行していた。既に自爆プロセスが機能する寸前だった。
彼等が提供したパッチによって、あの裏切り者……田中ブッダが基本律を弄くり回した予想外の副産物と言えるのだろうか。この拠点の得度兵器は色々と進みが早い。割り切りが良くなった、とでも言うべきか。ともかく直接足を運ばねば、また誤謬を齎すところであっただろう。
「故に『これ』は、暫く預からせて貰おう」
彼は200kgはあろうブッシャリオン・カプセルをシステムから引き抜き、片手で持ち上げる。炉心から光が消える。人造僧侶達の、生命維持装置の外部動力が断たれる。第二動力炉が機能を停止していく。
「徳エネルギーは、遠隔の
そう、呟きながら。男は身体から延びるケーブルをサンプルへと接続する。
ブッシャリオン・サンプルは仏舎利とマンダラ・サーキットを結晶化させ、パッケージングしたものだ。型式にも寄るが、その大半は低効率でこそあるものの、単体の状態でエネルギー変換能力を備えている。
即ち、非徳エネルギー義体の活動限界から当面の間逃れることができる。これでようやく、妹を迎える準備が整ったと。彼は微笑む。
内心の興奮を現すように。その肉体の節々から力の輝きが漏れる。如何なるものであろうと、力は、力だ。
「折角だ。『腕試し』をしてから、向かうとするか」
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「ヘクシュ!」
ガンジー達は、雪中の行軍に凍えていた。残る得度兵器の『曲射』を避けるには、山の影を注意深く進む他無い。目指す動力炉はもうすぐ先のように見えるが、地面の起伏が激しくまだ遠い。その壁には、やはり『宝』の文字が描かれている。
「あれ、何て読むんだっけか」
「『
空海が代わりにそれを読み上げる。
「ふざけてやがる」
ガンジーはそう呟き、再び彼は歩みを進める。
機械達の拠点に、「人間の読める文字」が態々刻まれている。まぁ、ガンジーは読めなかったのだが。その意味を敢えて考えようとする者は、彼等の一行の中には居なかった。
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ブッシャリオンTips 得度兵器による人間の扱い
得度兵器が管理する人間の形態は概ね3つに別れる。一つは、完全な拘束を行い、仮想空間で徳を積ませる電池(バッテリー)型。衣食住を完全保障する養殖(プラント)型。そして、自発的に生活を営ませる共同体(コミュニティ)型である。
当初は養殖型、電池型が主だったが、次第に自活に近い共同体型が生まれ、電池型も進化を遂げる一方で非効率的な養殖型は数を減らしていくこととなる。
尚、資源や思想の違い等様々なファクターから同じ方式内でも大きな差異が存在することがある。
管理下に置く人間は、解脱耐性の強い者が多い傾向があるらしい。
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