第222話「種の天敵」
この世界は、徳に溢れている。その残滓は、この徳無き世界にも残されている。だからこそ、人はまだ、辛うじて滅び続けながらも生きていられる。その実、この世界は、優しさに満ち溢れている。
そして、だからこそ。そうでない世界を誰もが知らない。人の理も機械の理もない無垢の世界を誰もが忘れてしまっている。『冷たい世界』に対する脆弱さを、あらゆるものが分かち合っている。
「おーい!ガンジー!」
生き残った二輪車の運転手が、無名仏へ目掛けて叫んだ。
彼は、ガンジーとは顔馴染みの採掘屋だった。同年代の彼が実績を積み重ねていく様を、横目で見ながら。内心僅かの嫉妬を覚えていた。
だから、戦いが始まった時。最も先頭を走ることを志願した。
多くの同胞が、この戦いで世を去った。それでも彼は、真っ先に此処まで辿り着いた。
そう、ここ迄は。だが、ガンジーは既に先に居る。
やっぱり、あいつは凄いやつだ。自分とは違う、と思いながら。彼は『無名仏』に近づいた。激しい戦いを物語るかのように、外装は剥げ落ち、脱皮のように脱げかけていた。
そして、剥がれた仏像の『殻』をずるずると引き摺りながら。無垢なる機械が男の方を見た。
『人類は、不要である』
視線が、顔が、冷徹な事実を物語っていた。
幾つかの、不幸があった。
無名仏のセンサーが、既にズタズタだったこと。
そして男が、武装していたこと。というよりも、男は引き金を引き損ねて、まだ手持ちの噴進弾を使い残していただけなのだが。
その結果として、男への『攻撃』が、孤独な機械知性の中で『正当防衛』として認められたこと。人類が不要な存在であったとしても。それは、即座に人類への攻撃を意味する訳ではない。
しかし、それでも引き金は弾かれてしまった。
巨体の遺された片腕が、ゆらりと持ち上がる。無名仏のすぐ近くまで寄った男は、それを、手を振っているのだと勘違いした。
孔の開いた空っぽのジェネレータが、一瞬目に入った。その奥には、誰も居なかった。
数刻前には、地虫の如く這いずり回っていた存在に。
男は、虫けらのように潰された。それが全てだった。
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得度兵器は、人を殺さない。ただ、解脱を以って救うのだ。偶々その方法の途上で、肉体が死を迎えるに過ぎない。故に、『殺す』こととは、天と地程の隔たりがある。少なくとも、彼等の中に於いては、という話だが。
だから、喩えその結末が、人類の自業自得であったとしても。彼等は救いの手を緩めはしない。
そしてもしも。人を害する者が、居るのなら。
『制御外機・一』『対人戦闘』『徳導力波長無登録』『対人索敵』『生体反応・〇』
『限定攻撃許可』
人ならざる
一発のエネルギー弾が放たれた。そして、彼方で光が煌めいた。
僅かの間に。『無名仏』の中央が、小さく発光し、円形に溶けて蒸発した。其処から膨張するように、機体の圧壊と崩壊が始まった。
人の到達点の外の破壊。徳エネルギーの力が可能とした武装。
……こうして、射線確保と充填に時間を要すること。また、一撃で偏向ユニットが使用不能になること。
その弱点故、北の戦線に投入することは叶わなかった。そして今。一人の命を救えなかった。
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既に機能停止した筈の無名仏が稼働していたという情報。突如として爆発した無名仏。潰された仲間。
「……何がどうなった?」
クーカイ達は、その光景を見つめながら。ただ呆然と呟くことしか出来なかった。
目の前で起きた小さな『反乱』も、『鎮圧』も。神ならぬ彼等の目からは伺い知ることは出来なかった。
ガラシャ達もまた、この一方ならぬ事態にクレイドルの内側から顔を出していた。崩れ行く巨体を、ただ眺めていた。
困惑に包まれながらも、両者が出会うまで然程時間はかからないだろう。
それが、ガンジー達が地下に潜っていた間に巻き起こった出来事だ。
そして、拠点攻略戦の第二幕を告げる、一筋の『狼煙』でもあったのだ。
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ブッシャリオンTips 封入反物質粒子砲
量子的な『函』の中に物質を封入する技術は徳エネルギーの開発過程で見出されており、例えば電気的に中性な粒子であっても、電荷を持った一種の『函』に閉じ込めることで電磁的な加速が可能となる。この原理は徳エネルギービームの発生にも応用されているものとほぼ同様である。
「如何なる粒子でも加速可能」という特性を反物質砲に転用したのがこの兵器だ。しかし、反物質の場合、『函』が壊れた際に大気等の通常分子と反応して強力な減衰が起こるため、破壊力に比して射程・貫通力は然程高くない。また、実はその原理上、雨天等にも弱いという弱点を持つ。
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