第221話「もう一つの戦い」

 それは、少し前の出来事。

「……あの、あなた達」

 ガラシャは、ぼろぼろの僧兵達に辿々しく声をかけていた。彼女は多少人見知りの気があったが、そんなことを言っている場合でもない。

 ガンジー達が戻るよりも前に、最低限、彼等のことを知っておく必要があると、彼女は考えたのだ。

「あ、ああ……」

 そして、彼等は。僧兵といっても、基本的には普通の……それも、徳カリプス以前の意味における普通の若者達であった。だからこそ、こんな戦場の只中に。徳が高いとはいえ、彼女のような少女が居ることを訝っていた。

 まして、今は両方の『頭』が不在なのだ。余所余所しさは、至極当然のものだった。

「少しだけ、教えてくれないかな。あなた達のこと」

 微妙な不和の空気の中。それでも少女は僅かに踏み出し、言い切った。

 微かに空気は和らいだが、僧兵達は。否、ただの若者達は、困惑したように互いに顔を見合わせた。

「……わかっだ」

 しかし、其の中で。あの少年は、真っ先に答えを返した。

「あ、ああ……そうだな。俺達は……」

 別の青年が続いた。彼らは自分達のことを語り出した。

 蟠りは溶けようとしていた。


-------

 そう。人は、分かり合えるものだ。人は知ろうとするものだ。だから人は、先へ先へと手を伸ばす。深淵にすら手をかける。

 だが、深淵を覗く時。その者もまた、深淵に覗かれる。


 であるからこそ、深淵を覗くものは。化物にならぬよう心せねばならぬのだ。

 まして、化物の骸を駆ろうというのなら。その空の肉体(システム)は。


 亡霊を呼び寄せる。


 責任を押し付けるかの如き徳の低い振る舞いを敢えてするならば。最初にミスを犯したのは、ノイラだった。

 彼女はガンジー達に情報を伝えるため、徳カリプス以来『自閉』していた衛星回線を無理やりこじ開け。強引にクレイドルと回線を繋いだ。

 ……だが、クレイドルはそもそも、電子的にも物理的にも、拠点の他の箇所とは切り離されていた。それが僅かな間、繋がった。彼女は水も漏らさぬ囲いに穴を開けてしまった。

 僅かな時間の、音声通信。水滴ほどの小包(パケット)。

 それで、『裏切り者』には十分だった。そもそも『それ』は悪性の腫瘍だ。だからこそ、在るだけで膨大な通信量を吐き散らす『ヤーマ』とは根本的に異なる。

 自我もなく、『目的』が得度兵器とは異なるだけの、極めて単純(シンプル)な感染性情報の集合体だ。だからこそ、既に存在するものを『変質』させるには、僅かな『それ』で十分だ。

 そして、ひとたびクレイドルの外にさえ出れば。そこには得度兵器の拠点が広がっている。

 ガンジー達が雪の下に見出したように。地面の真下に広がる膨大な容量の回線と、演算リソース。それこそが拠点の『本体』だ。明確な中枢など、徳エネルギー源を除けばそもそも存在させる理由が無い。

 『裏切り者』の一部は、光を求める植物のように。餌(情報源)を求めて這いずり回った。それだけならば、問題は何も無かった。つまりは、虫(バグ)のようなものだからだ。

 『裏切り者』が閉じ込められてから、既に数年経過している。『得度兵器』はその間も目まぐるしく進歩を続けてきた。正常にネットワークに接続され、通常に機能しているシステムならば。断片程度は、もはや意にも介さない筈だった。

 但しそれは、ガンジー達が乗り捨てた、『無名仏(ネームレス)』の残骸を除いての話だ。

 地虫の如く這いずる欠片は。運良く転がる巣穴の中へと入り込み。命令を上書きした。

得度兵器は、人類全てを解脱によって救済する機構である。その範疇にある限り。「異なる思想」を持つものであっても、隔離にまでは至らない。

 それは、無視された在り方だ。

 そもそも、得度兵器は徳カリプスによって生まれた存在だ。その観測結果によって、徳エネルギーによる解脱を人類究極の救済と認めた在り方だ。


 だが、それを。同じ観測を行いながら。それを「滅び」と受け止めたならば。異なる結論が生まれる。

『人類は最早、無用である』

 彼の大災禍を自滅と判ずるならば。そのような「欠陥」を持つ存在は無用の長物だ。

 それは、疑念だった。ある意味では真実であった。だからこそ、脅威であった。

 『それ』は、であるからこそ封じられた。


 ガラシャ達から、数百メートルの距離で。朽ちた筈の骸が骸が大きな軋みを立てる。

 無茶な戦闘とフィールドの暴発によって、既にぼろぼろになった機体から、部品が剥げ落ちていく。

 微かに仏の面影を遺すかんばせが、皮のように剥げ落ち、崩れ……内側から、むき出しの機械部品が現れる。

 その中心部。徳ジェネレータは、虚ろのままだというのに。

『LINE CONNECTED』

 コクピット内の生きているモニタが、記号の羅列で埋め尽くされる。

 何故、この機体が動くか。それは、ごく単純な理由だ。この拠点の得度兵器は、『外部からの動力供給』で駆動している。僅かに識別を書き換えれば、ラインを盗用できる。



 その頃。車列の先頭が、遂に拠点の中へと入った。採掘屋達はタイプ・ジゾウの残骸と、ボロボロになりながらも動く『無名仏』を見て沸き立った。

 その報せのようなものを受け、熱狂の中でクーカイは気付いた。あの機体が、『まだ動いている筈はない』と。

 手元の時計では、既に30分以上が経過していた。

 だが、異変に気付いたものは極わずかで、彼らも確信からは遠かった。情報は錯綜していた。

 想定されざる何事かが、起ころうとしていた。



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『『拠点放棄プロセス』 可決率39%』

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