第六部『弥勒計画』

第六部プロローグ

 嵐は、そこかしこで巻き起こり始めていた。

 未だ地上を支配し、人類を追い立てる機械知性複合体ブッダ・エクス・マキナ

 その中より『離反』した、個としての命。

 人の願いを託され生まれた、嘗ての文明の残党達。

 そして、社会基盤の立て直しに辛うじて成功した、一握りの人類。

 徳カリプス以前の高度文明の残り香と。天より降り注ぎ続ける仏の亡骸を巡って、この四者が相争う末法。それこそが、この星に住まう衆生の置かれた現在だ。十余年を経、辛うじて到達した下り坂の均衡は脆くも崩れ去ろうとしている。

 そして、その『最前線』の一端が。一つの島国の中にあった。


 まだどこかに十代の面影を残した年若い青年が。移動するトラックの荷台の上で仰向けに寝転んでいる。

 その顔には、この時分には珍しい紙の冊子が覆いかぶさり。表紙に手書きで書かれた「サル(※遺伝子組み換えでない)でもなれるパイロット」の文字が天を仰いでいる。

「ふぁ~~あ」

 青年は、あくびと共に両手を伸ばし。折り悪くトラックが跳ねた衝撃で頭を荷台にしたたかぶつけ、後頭部を押さえながら蹲った。

「このマニュアル、何ページあんだよ……」

 彼の名は、ガンジーという。徳カリプスによって孤児となり、今の街に流れ着いてからは徳遺物の採掘屋として生きてきた男だ。

 彼の寝転ぶ荷台は『異常なまでに広い』。なにせ街中からかき集めた大型輸送車両を並べて継ぎ合わせ、どうにか走るようにしただけの代物だ。移動経路も、比較的路面の『マシ』な旧道を、のろのろ進むことしかできない。

 何故、そんな非効率な真似をしたのか。答えは、彼の側に横たわる『荷物』にある。外部からの探知を妨げる簡易熱遮断迷彩シートによって厳重に梱包された、長さ数十メートルの巨大な物体。

 そして、ガンジーが乗るトラックを取り囲むように走る、何台もの車列。その幾つかにも、似たような貨物が搭載されているものがある。

 それら全てが徳の時代には相応しくないの部品だ。

 兵器の。そう、部品だ。

 人の手によって接合された、歪なパッチワーク。『無名仏ネームレス』と呼ばれるそれは、現時点における対得度兵器戦の鬼札ジョーカーだ。

 そしてどういうわけか、ガンジーはこれを動かすことになっている。

『準備はできているか?』

 運搬車両の運転席から、通信が入る。相棒のクーカイだ。

「本当にぶっつけだけどな……」

 ガンジーは、声をひそめて答える。今もって、彼はこの巨大兵器を実際まともに動かしたことがない。シミュレーションだけは済ませたが。

『……それはよかった。動かせば、こちらの手の内を学習されるからな』

 ガンジーの不安を見透かしたかのように、クーカイはそう答えた。

 知性の定義は、数あれど。アフター徳カリプス15年現在の機械知性は、少なくとも学習データに基づくリソースの最適化や改善に関して、人が及びもつかない水準にある。

 嘗て人類文明の根幹を担っていた存在は、徳カリプスによって弱体化して尚、人以上存在として人類にその牙を剥いている。彼等と『戦う』には、情報を決して与えてはならない。「何が出来るのか」を伏せた状態でなければ、、と。

 少なくとも、ノイラはそう言っていた。

『だが、作戦手順は確認しておけ』

「わかってる」

 ガンジーは傍らに散らばった複数冊のマニュアルの中から、作戦手順を記したページを引き当てる。

 彼等は、これから得度兵器の『拠点』を攻めるのだ。今までの戦いは、人の世界に攻め込んできた個体としての得度兵器を狩る、言わば守りの戦いだ。しかし、今回は違う。

 得度兵器の拠点は、嘗ての自動化された工業地帯や大型研究施設の痕跡構築されていることが多い。言い換えれば、『戦うための構造物』ではないことを意味する。その代わり、内部の構造情報を手に入れることは困難だった。

「……内側に入れば、なんとかなる、ってことか……?」

 ガンジーの手にする手引書には、そう書かれているのだが。実際には、やすやすとは行くまい。ガンジー達が今まで目にした得度兵器は、その機能のごく一部に過ぎない。拠点という巣を突けば、何が飛び出て来るか知れたものではないのだ。

 これも、受け売りなのだが。

『……俺達の勝利条件は、拠点に元から存在する制御システムを奪回すること。もしくは、得度兵器の『ハブ』を破壊することだ』

「はぶ?」

『お前は多分、突入しないから関係ないといえば無いが……簡単に言えば、根にできた『瘤』だ』

「芋か」

『……とにかく、ネットワークの『物理的な弱点』だ。壊すと、一時的に統制がとれなくなるらしい』

「ああ、そういやそんな話聞いた聞いた……」

『大丈夫か……』

 二人が、言い合いをしていると。車列が山陰に停止した。物資の集積地点に到着したのだ。

 この場所からは既に、肉眼でも辛うじて拠点に屹立する得度兵器を目にすることができる。しかし、山を盾にすることで、徳エネルギー兵器の射線は通らない、絶好の立地だ。

『……『ネームレス』の組み立てには、まだ時間がかかる。もう一度確認しておけ』

「わかったよ……」

 ガンジーは渋々告げて、通信を切った。

「……山だらけだな」

 ガンジーは辺りを見回してつぶやいた。その山から吹き下ろしているのであろう冷たく強い風が、肌に寒さを感じさせる。

 その風の中に、微かに金属や油、そして植物や土が混じったような、不思議な匂いを感じた気がした。それはあの街の工廠で感じたものと少しだけ似た、けれどずっと強い香りだった。。

 戦場は、すぐそこまで来ているのだとガンジーは思った。




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ブッシャリオンTips 得度兵器拠点

 得度兵器は内部に徳ジェネレータや徳エネルギー兵器等のシステムを抱え込んだ結果サイズが肥大化しており、維持管理のリソースが増大している。そのために建造されるのが、得度兵器拠点と呼ばれる施設である。

 その機能は補給基地デポのような場所から修理を行う工廠、果ては新型の開発を行う試験場や地球最大の拠点である南極大伽藍に至るまで、大小様々である。

拠点の周囲には、エネルギー源として人間が『飼われている』ケースも多々見受けられる。

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