第184話「一本の螺子」


 得度兵器とは、ネットワークの総体だ。『それIt』を構成する一個体は、飽く迄も部品の一つ。巨大な機械を構成する、代替可能な螺子の一本に過ぎない。

 だからこそ、逆に。個々の人間が必ずしも集団の意志を代弁する訳ではないように。人間とは比べ物にならぬほど均一な機械知性であっても、総体とは「違う回答」を出す目はある。綻びはあるのだ。

 そこに同時に、彼等の勝機もある。ある……のだが。

「……聞こえているのか?」

 クーカイは、不気味な模様のちらつく僧侶の立体映像に話しかけるように恐る恐る口を開いた。

『聞こえておる』

 立体映像が答える。

「すげぇ、話ができてっぞ」

 ガンジーも呟く。

 アフター徳カリプス世代のガンジーには、それ以前には当たり前の存在であった自然言語対話インターフェースすら、未知の存在だった。だから、今まで無言で人間を成仏させてきた存在に、こんな機能があったのか、と。他の感情よりも先に、驚きが先に立ったのだ。

「……ガンジー。念の為言っておくが、。例え会話が通じても、根本的に別物だ」

「?どうしたクーカイ。なんでそんな急に……」

『左様。我らは、人と共に在り続けるもの』

 タイプ・ミロクMk-Ⅱの思考中枢が、正確にはその写像アバターたる立体僧侶が、脈絡なく言った。

「うおっ」

「そうだな。嘗ては、そう

 人とその被造物は、嘗ての時代、一処にあった。同じ世界の中にあった。

 しかし、その力関係パワーバランスは次第に狂っていった。ごく端的に表現するならば、人は機械なしでは生きていけなくなり。機会は人なしでも生きていけるようになった。

 それを止める最後の枷が、エネルギー源。即ち、人の善性から生まれる徳エネルギーの力だった。だが、それすらも。あの日。徳カリプスを境に、壊れてしまった。

『否。今も。我々は、人の心に沿い続けている』

 彼等は、狂ってしまった筈だったのだ。

『人の願いを、叶え続けている』

 しかし、立体映像の僧侶は。ただ坦々と、そう告げる。

「……おい、コイツは何を言ってるんだ?」

 ガンジーは笑おうとした。だが、上手く笑えなかった。

「落ち着け。これは飽く迄、『この個体』の答えだ」

『左様。同時に、最終同期時の総体としての回答でもある』

「「…………」」

 二人は、考え込むように同時に沈黙した。

「……どういうことだ?」

「つまり、人類解脱は……」

 クーカイは、ガンジーの問に答える。

。それが、得度兵器こいつら全体の考えらしい」

『左様』

「……、か」

『左様』

 ガンジーは、遥か以前に聞いた言葉を思い出す。嘗てこの思考中枢と何らかの方法で対話していた筈の、あの住職の言葉。

 あの時は、徳が高い人間の戯言だと思っていたが……どうやら、本当にそういうことらしい。

「狂ってやがる」

 ただ、狂っているのは、誰なのか。目の前のポンコツか。この世界か。それとも、自分達なのか。ガンジーには少しだけ、分からなくなりかけていた。

 そんな時。電動車椅子の車輪とモーターの音が、彼等の背後から聞こえてくる。

「ああ、ノイラさん」

「どうだ、やってい……」

 だが彼女は僧侶のアバターを見て、そのまま絶句した。

、成功したのか!?」

「見ての通りです」

「『まさか』って、どういうことだ……ですかオイ」

「外部の音声入出力を直接繋ぐと、急に応答が」

「いや……確かに、ここまで極端な状況設定は試したことが無かったが……」

 半ば呆れたように、ノイラは言った。彼女は得度兵器の『文法』をある程度知っている。彼女自身の専門に多少なりとも関わることと、身体の構造の類似性と、そして以前は義兄の側に居たことが原因だ。

 だからこそ、あの時。得度兵器が仲間に対して発する救難信号を傍受し、ガンジー達のもとへ駆け付けることができた。

 そして必然、得度兵器への『説得』や『交渉』……というよりも、その実ハッキングに近いものを試みたこともまた、実は一度ならずあったのだ。

 だが、彼女の説得に、機械達は耳を貸しはしなかった。それは……得度兵器達が。機械の体を持ち、牙を剥く彼女を。救うべき人間ではなく、ある種の『狂った同類』と考えた故だったのかもしれない。だが、

「こんな方法でコミュニケーションが取れるとは……」

 直接接続して駄目なものが、機械側に多大な負荷……『歩み寄り』を要する自然言語の対話で可能などと、誰が考えるというのか。

「いや、人間でも長期間感覚を遮断すれば正常な判断ができなくなる。まして、呼吸するように膨大な情報を代謝する機械知性でそれを行えば……悟りの一つも」

 ぶつぶつと仮説を呟くノイラ。ガンジーはその間に、正気を取り戻していた。

「なぁ、そこの坊さん」

『何用だ』

「人類総解脱を今すぐ止めろ」

『それは、どのような話だ』

「……クーカイ、任せる」

「丸投げか……つまり、少なくとも俺達は、解脱させられることは望んでない」

『その意志を尊重する』

「わかってくれんのか!」

『だが、『人類の総意』はそうではない』

「おいコラ。ここに四人いんだろ」

「ガンジー、落ち着け。多分そういう話ではない」

『此処の『三人』の意志は、尊重する』

「四人だろ!ガラシャもちゃんと入れろ!」

「成る程、やはり……私は、というわけか」

 ノイラは、少しだけ寂しそうに呟いた。立体僧侶は、その言葉には何も答えなかった。

『だが、所業は無常。人の意志は、容易くうつろい変わるものだ』

「だから、変化しやすい人間の個体としての意志よりも。最大公約としての『人類の総意』を推量し、それに従う、というわけか」

 とクーカイ。

『左様』

 それは、正しいのだろう。だがそれは、人間を機械のように見るやり方だ。

 実際には、人は均一ではない。総意と個々の意志は同じではない。だがしかし、と。ノイラは考える。

 嘗ては、技術の力でそれが成り立っていた。高速の意志伝達は、徳エネルギー以前の時代において。人と機械を限りなく近付けた。

 だから、機械達が人を自分達と同じようなものと扱っていたとしても、別に支障はなかったのだろう。それは、恐らくは現実に即したものの見方のだ。

 そして。情報インフラの大半が崩壊した今。得度兵器の拠り所とする『総意』を認識する方法は潰えたのだろう。それを上書きすることは、未来永劫叶わない。

 彼等自身が、その方法を投げ捨てるまで。或いは、人がその総意を機械達に示す方法を見つけるまで。

「人一人は、所詮は螺子の一本、というところか」

 自嘲気味に、彼女は呟く。

 だがどうやら彼女は、彼らにとって螺子ですらないらしい。



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ブッシャリオンTips 人類の総意(仮)

 人はしばしば、己の意志に反する行動をする。知っていながら判断を誤りもする。また、人類同士の権利が衝突することもある。機械知性が社会全体に導入され、人の自己決定を預かるようになった時。その矛盾を解消する方法はどうしても必要であった。

 古典的にはトロッコ問題、または「人の意志をどこまで尊重するか」という問題である。そのために、最大規模の機械知性たちは、暫定的に「人の真意を推定する方法」を拡張し、人類種全体の総意を推論し、基準として仮定した。その推論こそが、得度兵器の基盤を成している。

 人類の総体そのものが、ごく短期間の間に大きく変質してしまえば推論そのものの前提が成り立たなくなるが、当時の人類はそこまでの劇的な事象を事前に防ぐ能力を十分に持っていたため、特に問題は発生しなかった。徳カリプスが起こるまでは。


 凄まじく下世話な言い方をするならば、「口の方はそう言っていても、身体は正直だな」というお話。

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