第177話「墜落」

「少し、気分を変えましょう」

 とマサコはヤオを外出に誘った。

 地上に比べれば栄えているとはいえ、船の上の娯楽は未だ少ない。配給券を使った買い物と、街の有り様を見て回る程度しか、することは無いだろうが。

「もっとここのことを知って、それから決めても遅くはないから」

「はい……」

 戦いに身を投じる決断は、彼女には不釣り合いなものなのだと。その時のマサコは、そう思っていた。


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 船団の大型工作船、「ショウジュマルⅧ世」の巨大な船体が、発光海洋生物の淡く光る水面に照らし出される。巨体に相応しい大きさのクレーンが、海上から墜落UFOめいた物体を引き揚げている。

「……ブェックショイ!」

 甲板上では、一足先に救助された乗組員の一人が毛布に包まりながら震えていた。と、言っても彼は宇宙人ではない。白塗りの禿げかけた平安貴族めいた男である。

「……よもや、途中で墜落するとは思わなかったでおじゃる」

「だからといって、海に飛び込めばどうなるか程度、想像は付いただろう」

 哀れな貴族の傍らには、特殊工作部隊の制服を纏った人間達が佇む。徳エネルギーフィールド……最早その名称すら適当なものか怪しいものだが……からの脱出に成功した彼等だが、帰路の道のりも平坦ではなかった。核攻撃や、フィールドに纏わる未知の現象によるダメージを蓄積した彼等の乗り物は、帰路の途中で墜落したのだ。

「そういえば、もう一機はどうしたでおじゃる?」

「脱出までは確認したが、得度兵器の勢力圏内に墜落したらしい」

「そう、でおじゃるか……」

 積もる恨みはあれど。あの鉤鼻の男達は、確かにあそこで世界を救った仲間でもある。多少なりとも心中に複雑なものはあったが、無事を祈らない訳ではない。それに、

「まぁ、どうせ生きてるでおじゃるよ」

「そう思うか?」

 不思議と死んだ気はしなかった。あの男が死ぬところを想像できない、ということもあるが。多分、ニシムラとは微妙に思うところが違うのだろう。

「命があれば、そのうち会うこともあるでおじゃる」

 そう、命があれば。例えこの世界から消え去ったものであろうとも、巡り会えることがある。正に彼等が体験したように。

 だが今、『マロ』がそう望むものは。

「船団までは、得度兵器の横槍が無ければ数時間で到着するそうだ」

「戻ってからが、色々大変そうでおじゃるな……」

 そこまで考えたところで、会話に思考を引き戻される。

「大変、という括りで済むかどうか」

 今度の相手は、四国のタイプ・シャカニョライのように有効範囲外へ逃げればどうにかなる類のものではない。自爆特攻での損傷度合いも、脱出に手一杯で確認が及んでいない。時間制限の分からない戦いを、またもやしなければならないのだ。

「そうでおじゃるな……」

 『マロ』は呟く。得度兵器は進歩を続けている。とうに人の手の届かぬ領域まで至って尚。その歩みは止まってはいない。


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「欠員は?」

「2名。タナカとタニグチです」

「残念ですが、待っている暇はありませんねェ。独力での合流を期待します」

 ずぶ濡れになりながら、隊員達は川辺に整列する。その前には、鉤鼻の男。彼には今、膝から下の右脚が無い。元から義足ではあったが、墜落時に失くしたのだ。

 代わりに急造の杖をついているが、だからといって男の体捌きに隙はない。

「交通手段が徒歩になっただけで、任務に変更はありません。機械どもに与えた損害を測り、その情報を確実に持ち帰ること」

 超巨大得度兵器の咆哮を間近で受けた彼等の機体は、もう一機よりも遥かに近くに墜落していた。此処はまだ、高台で注意を凝らせば、あの琵琶湖の超巨大得度兵器を目にすることが出来る距離だ。

「徳エネルギーフィールドは消失済。外部の損傷は……」

 隊員の一人は、今も目視観測や使い捨てのドローン(推進機を装備しないもの)を使ってデータを集め続けている。超巨大得度兵器の周囲には、巨大な『雲』が掛かっていて、その上の様子は窺い知ることができない。

 その雲の正体は、タイプ・ズイウンと呼ばれる航空型輸送得度兵器である。タイプ・ミロクMk-Ⅴに呼び寄せられたそれは核攻撃で損傷した海底ドッグに代わり、得度兵器の規格外の巨体の修復を補助しているのだ。とはいえ、巨大な、しかもの修復には相応の時間がかかろう。

 だから彼等の集める、ないし既に集めた情報は、の戦いに必要なものだ。だが、間に合うか。そして、そもそも生きて帰れるか。その望みは、決して高くはない。


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 その凱旋は、人知れず行われた。この『船団』における対得度兵器作戦行動は、基本的には『本船』管轄下で秘密裏に進められている。『戦いが行われている』ことを誰もが知っていても、全体の戦況を仔細に知る者は限られる。だからこそ、彼等は手段を選ばず戦える側面もあるのだが。

 人の口に戸は立てられぬ、とは昔からの諺である。嘗ての時代なら機密保持インプラント程度は当たり前に存在したが、今は製造・維持ともに困難であるがゆえに廃止されている。

 船団の戦力が何かと戦い、何がしかの成果を得たという噂は、街中に広がっていた。だから、メガフロート上の港へ帰還する船を遠巻きに見ようとする見物人は、それなりの数が居た。


 そしてその中に、少女達の姿があったのは。ある意味に於いては、当然の帰結だった。

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