第168話「機動如来」
琵琶湖の畔で、数羽の
風は微かな遠雷の如き音共に近付いて来る。それは天地に轟く爆音となり、そして巨大な得度兵器が姿を現す。
機動如来に追い立てられるように鳰鳥は幾度か水を蹴り、慌てて低空を飛翔する。そのシルエットはやがて、湖面に溶けるように消えた。
「……どうにか、琵琶湖まで持ちましたねェ」
巨仏の背後に張り付くように飛ぶ、不可視の航空機の中で。鉤鼻の男は、密かに安堵の溜息を漏らす。川沿いに得度兵器施設を破壊しながらの、単機による長距離浸透作戦。彼の上司は、相も変わらず無茶ばかり企てる。
眼前には、天に聳える柱の如き巨仏。『船団』の所有する得度兵器データベースには当然ながらその存在は記録されていない。巨大得度兵器の周囲には真新しい破壊の跡が広がり、未だ湖面の水が荒く渦巻いている。
「想像以上のバケモノですねェ」
そして、その近くには。湖の下で尚怪しく輝く解脱の光。キョート・グラウンドゼロの徳異点。琵琶湖の地は既にもう、人の世界ではなかった。
核と徳の荒れ狂う、物理的に最も涅槃に近い場所。この此岸に現れた仏の世界。ならば、水面の上に佇む二体の巨仏は。其処に相応しき住人とでも呼ぶべきなのか。
「隊長、あの得度兵器、周りの水を吸ってます」
隊員の一人が、彼に告げる。それが意味するところは即ち、琵琶湖の湖水ををエネルギー源や冷却手段として用いているということ。そして、何かを始めようとしていること。
何をする積りなのか。決まっている、瀬戸内の時と同じ
「……外部からの
別の隊員が告げる。時間は、残り少ない。得度兵器は総掛かりで、この機体とタイプ・シャカニョライの操縦権を取り戻そうと藻掻いている。操縦権は未だ、遥か遠くの『船団』の司令部が持っている。
その指示の下、白毫から放たれたビームが微かに巨仏の腰の辺りを焼く。光条はただ、装甲を僅かに焦がすだけに終わった。まるで火力が足りないことが一目で分かる。傍目には、絶望的な戦いだ。
大気中に漏れ出したブッシャリオンが、湖上に光の軌跡を描く。既に、タイプ・シャカニョライはオーバーロード状態だ。本来の作戦プランでは、対手の巨大得度兵器の開口部が確認できた場合、或いはフィールド兵器の使用が確認された場合、至近距離で自爆させることになっている。
だが、巨大得度兵器には動きが見えない。人の目で見る限り、攻撃を加える様子も無い。行われているのは、ただ命令権を奪取せんと試みる、見えざる電子の攻防だけだ。
「……躊躇ってるんですかねェ」
彼は鼻の頭を擦る動作をしながら、思い悩む。奪取された機体の破壊を躊躇しているのか。普段ならば、それは付け込む隙である。だが、今回の作戦に限っては、相手の待ちがこちらの詰みに繋がりかねない。
現在、ニシムラ班の報告によれば他の得度兵器は確認されていない。しかし他の拠点からの増援が来れば、あの機体の破壊は不可能となる。
「相手の『待ち』を崩すのは……」
もっと、上手い人間が居たのだが。彼は既に海上戦力と共に帰らぬ人だ。
それに実行部隊の彼等も、今回の作戦の全貌は知らされていない。「船団」も無策ではない。そう信じて、待つ他はない。
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そして、湖畔には。彼等以上に、何も出来ない者達が居た。
「まだ飛ばないでおじゃるか?」
「ステルスの一部が壊れている」
『マロ』の言葉に、ニシムラは返す。今飛べば、二体の得度兵器の戦いを邪魔することになる。今の彼等は言うなれば予備兵力だ。万一の際、タイプ・シャカニョライのコントロール権を失わないための。
既にBMIとコントローラを組み合わせた有り合わせの仮設操縦桿が用意されている。『マロ』は通信機に噛り付きながらレポートを書き連ね、「船団」と情報を共有している。一刻も早く、あの巨大得度兵器の弱点を発見する必要があるからだ。
「……また、ミサイルが飛んで来るそうでおじゃるよ」
その『マロ』が、ふと口にした。
「何時だ!?」
ニシムラは思わず声を荒げる。
「約2分後でおじゃる。でも、非マニ化してない通常弾頭でおじゃるな。多分、徳エネルギーフィールドの使用を誘発する積もりで」
「そうか……」
「語尾を遮られると、落ち着かないでおじゃる」
巨大得度兵器の『弱点』は、明確なのだ。あまりに巨大なサイズと分厚い装甲。それは、重量に即座に跳ね返る。
恐らく、動くどころか自重を支えることすらままならない筈。フィールドジェネレータさえ無ければ、あれはただのガラクタだ。余りにも得度兵器らしくない、ピーキーな設計思想が見え隠れしている。
だが、その弱点を突くことが出来ない。戦略と設計が一致し過ぎている。あれは、一種の完全な戦略兵器だ。
それの意味するところは、裏に企みがあるということだ。先の徳エネルギーフィールドのような物理現象相手とは違う。まるで、巨大な生物を相手にしているような感覚を『マロ』は覚えた。しばしば、人工知能を相手にする人間はこの手の錯覚を覚えることがある。しかし、それともまた違う。
だが兎も角。勝つためには、その『誰か』の裏を掻かねばならない。
「何故、攻撃してこない」
戦況を眺めるニシムラが、そう呟く。
「……多分、ジャックした機体……タイプ・シャカニョライという名前だそうでおじゃるが。あれに、仏舎利が積まれてるからでおじゃる」
『マロ』は答える。モニタの上で。巡航ミサイルが霰の如く巨大得度兵器へ降り注ぐ。
「仏舎利……」
「詳しい説明は省くでおじゃるが、希少な徳エネルギー源でおじゃる」
そう。得度兵器は、仏舎利を欲しがっている。得度兵器のエネルギー源は、徳エネルギーなのだから。
「それを破壊すると、どうなる」
「よくわからんでおじゃる」
仏舎利が生まれたのは、既に太古の昔だ。その時から既に、仏舎利は幾つもの破片に砕かれ続けてきた。徳エネルギーの発見以降、それは更に加速した。
ナノサイズの粒子になっても、仏舎利はその性質を失うことは無かった。ならば、それを砕き続けるとどうなるのか。疑問に抱いた者は大勢居ただろう。実験を試みた者も、居ただろう。
しかし、その結果は少なくとも公式には何処にも残っていない。
可能性は二つだ。仏舎利は、どれ程分割しても……ブッシャリオンそのもののサイズとなっても、その機能を喪わないのか。それとも、『誰か』が握り潰したか。後者が可能な者など、数少ない。例えば、人類最大の企業体は、間違いなくその候補の一つだろう。
「素朴な疑問は、大事でおじゃるな」
そう言って、彼は笑った。こんな状況なのに笑みが湧いて来るのが、彼自身不思議であった。
霧が晴れる。画面に映る巨大得度兵器には、やはり、傷一つ無い。
ただ、一つ違うことがあるとすれば。ゆっくりと、その巨大な手が動き始めたこと。そうして、巨仏の
三体の試作タイプブッダ。瀬戸内の海上に存在するタイプ・シャカニョライ。それ以外にも、数多の試行と失敗とが礎として在り続けてきた。
その全ては、この時のために。
全ての人類を救う為に。全ての人類を殺してでも、全ての人類を救う為に。
『弥勒計画』。全ては、そのために。
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大自然Tips カイツブリ
カイツブリ目カイツブリ科カイツブリ属の鳥。潜水して水中の獲物をよく狙う性質を持つ。古来は鳰鳥(におとり)とも呼ばれた。万葉集にもその姿は残されており、特に琵琶湖はカイツブリとその近縁種が多く生息していたとされ、鳰海の別名も持つ。
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