第153話「僧兵部隊」
「ナムミョー……」
ポクポクポクポクポクポク
チーン
高BPM読経に合わせて、耐疲労複合素材製の木魚が規則正しく打ち鳴らされる音が、池に落ちる雨粒の如く地下空間に響き渡る。経を唱える者達は無論、袈裟を纏った僧侶の集団だ。
だが、彼等は只の僧侶でもスキンヘッドでもない。彼等は、僧兵だ。
「読経やめ!」
「読経やめ!」
肆捌空海の声が、伝令を介して広間の僧兵達へと伝えられる。読経と木魚の声が止まる。地下の広間に、静けさが戻る。
「今まで、よく耐えてくれました。そろそろ、力の使い方を学ぶに良い頃でしょう」
肆捌空海はただ、
光定は空海の後ろから、異様な熱気に包まれた僧侶達を眺めている。彼等の中には、少年の見知った顔が幾つも含まれている。そう。ここに居るのは、村の人間の中から選び抜かれた精鋭。
来るべき決戦のために組み上げられつつある、
得度兵器の『襲撃』時、村の広範囲に渡って撒き散らされた高密度徳エネルギーによって、村の人間の中には何らかの異能の片鱗を持つ者が多くいることが判明した。 それらを仏式に組み上げ、開花させ、戦力とする。それが、この僧兵部隊の目指すところだ。
「慈悲の心こそが、力の源です」
肆捌空海は、徳エネルギーの練り方を説明しながら、考える。
この村の人間には、素質がある者が多過ぎる。本来、モデル・クーカイのような人工的手段に依らない方法で力ある者が生まれる確率など。恐らく万に一つ以下。下手をすれば、その更に1000分の1に届きかねぬ希少さだ。
だが、それが何時しか変わっていた。恐らくは、15年前のあの時から。
最前列の、まだ若い僧侶の周りに淡い桃色の光が現れる。
「……そう、それです」
徳エネルギーの光。己の内からそれを発している。しかも、身体に留めている。
……幾ら、切欠があったとはいえ。その習得の速さは異常に過ぎた。このままでは、十分な功徳を積めば容易に『完成』してしまうだろう。
(……恐らく)
これは、大部分が空海の想像に過ぎないが。得度兵器達は人類を解脱させていく中で、彼等を見つけたのだろう。徳カリプスや、徳エネルギー兵器。それらによる高密度徳エネルギーの解脱の奔流を浴びて尚、この世にしがみつき続ける人間達。
それが害となるか否か、得度兵器は判じあぐねたに違いない。
「そう、檻を作り、縮めるように」
(……だから、閉じ込めた)
彼等と、他の人間に何の違いがあるのか。果たして、彼等は人間と呼びうるものなのか。わからなかったから。
それを調べられるように。そしてもしも万一、何かあった時には……纏めて処分できるように。
彼等モデル・クーカイは、元を正せば
だが、村の人間達は違う。彼等はいわばオリジナル。『天然物』だ。それは即ち、モデル・クーカイや、他の徳クローン計画のモデルとなった高僧や聖人達に届きうる資質を持つ者であることを意味する。
それを、彼の知る形に矯めて良いものか。仮に力を蓄えたとて、戦力として使い物になるまでは遠い道のりだ。だが例え、得度兵器の侵攻に間に合わずとも。この村の人々には身を守る術が必要だ。
僧兵達の列から幾つもの光の柱が立ち上る。解脱には届かぬ出力だが、制御を失った徳エネルギーが弾けているのだ。
誰を救うでもなく放たれる徳エネルギーは、無為に空へ散る。
「身に纏った状態を維持するよう」
蓄えた徳は、身に着けた力は。一欠片も無駄にはできない。それと同じように、時間もまた惜しい。少しでも多く徳を積み、力を己の者として貰わねばならない。
そうして、全員の身に纏った徳が弾けるのを見届けた後。
「今日は、もう終わりにしましょう」
肆捌空海はようやく、そう締め括った。
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「……やはり、慣れないな。私はまだ師の器ではない」
肆捌空海は帰り道、そう溢した。モデル・クーカイを鍛え上げた大僧正。それでなくとも……
「壱参空海」
その名は、するりと抜け落ちるように言葉になった。彼はもう、この世界の何処にも居ないというのに。
少年はただ、言葉にできない不協和を抱えたまま、それを聞いていた。平穏が終わることの意味を噛み締めながら。蝕まれる己の日々を過ごしながら。
戦争と平和とは、何かが直ちに切り替わるわけではない。徐々に、何かが蝕まれていく。そうして平和は終わっていく。
それが、きっと彼の感じた不協和の正体だったのだろう。
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