第138話「第二席」

「……なぁ、クーカイ」

「なんだ?」

「……俺の見間違いじゃないといいんだがよ」

「だから、何だ?」

 得度兵器の狙撃は、如何なる理由かによって宇宙港から逸れた。だが、まだ危機は去っていない。得度兵器の注意は依然としてこちらに向いている。早々に逃げる手筈を考えねばなるまい。

 そんな時に、ガンジーはこの有様だ。クーカイは内心の苛立ちを隠せなかった。

「海の上を……人が走ってやがる」

「とうとう、おかしくなったか?」

「だったら見てみろよ!!」

 ガンジーは双眼鏡をクーカイに押し付ける。言われるままクーカイは双眼鏡を海へ向ける。

「あそこだ、あそこ」

 指差す場所を視界に収めると……

「なんだ、あれは」

「だから言っただろ!」

 中華風の服装の男が、水上を異常な速さで走っている。

「逃げっぞ!絶対ぇ厄介な手合いだぞアレ!」

 しかも、

 そそくさと逃げ支度を整えるガンジー。

「『奇跡』……否、あれは違うか」

 クーカイは水上を歩む男の挙動を注視する。徳エネルギーを放出していない。何らかのテクノロジーの産物。恐らくは……肉体改造。舎利バネティクスではなく、『サイバネティクス』。

「プランAだ。ずらかるぞ!」

 戦利品を纏め地下通路を爆破し撤退。それが当初の計画だ。街との通信も最早途絶えた。正体不明の追跡者に構っている暇など無い。それが、どれ程興味深い存在であろうと。

「同感だが……その前に」

 クーカイは手斧を手に取り、電源の途絶えた通信機目掛けて無造作に振り下ろす。コンソールが砕け、破片が散らばる。

「通信先が知られると、厄介だ」

「お、おう……」

「注意が得度兵器に向いていたせいで、気付くのが遅れた。あの男が、こちらに上陸するまで時間を稼ぐ必要があるか……」

 正確な時間を算出する余裕すら惜しい。ここから、行きに通った地下通路の入り口までは多少の距離がある。間に合うか否か。

「変な気、起こすんじゃねぇよ」

 ガンジーは見透かしたかのようにクーカイを制止した。

「俺が決めたんだ。首突っ込まなくていいことに、突っ込んでった。それを決めたのは、俺だ」

 今は、ただ逃げるべし。それが二人の出した結論だった。


--------------

「外門頂肘」

ダン!

ド ンッ!

 大地を踏みしめる音の直後。黒鉄の弾丸と化した肘打ちが、堤防の一画を勢い良く砕き飛ばす。

その威力は最早、人間の範疇にあるものではない。完全に機械化された肉体と、内部に仕込まれた数多の機構ギミックが可能とする荒業である。

 同様に、複合センサと化したは、逃げ惑う二人の人間の動きを捉える。

「黄泉路へ逃げるか。それも一興」

 湾岸に張り巡らされた地下構造物。徳カリプス以前の『網』を以ってしても、全体像は掴めぬ魔宮ダンジョン。逃げ込まれれば、手間が増える。しかし、彼はその過程も楽しんでいた。

 彼は、否、彼等は。人で居ることに飽いた者だ。徳エネルギーの時代は永き時を生きる者達にとって退屈に過ぎた。第三席率いる『ユーロ』との喰らい合いも絶え。人は、緩やかに衰退の時を迎えていた。

「尤も、それとて自作自受と言うべきか」

 徳エネルギーの研究に対して資本を投下し、普及を推進したのは……


 他ならぬ、『彼』なのだから。

「何の使い道も無かった人間が生きた薪になる。素晴らしいと思えたのだが」

 微かに過ぎった過去を押し留め。男は独り言を呟き、追跡を再開する。

 物事には、順序というものがある。それを違えてはならない。今は、鼠を捕らえ、妹への手掛かりを掴むべし。

 人が滅びようと、企業の論理は死なぬ。人が亡くとも、機械が亡くとも。経済システムは主体がある限り死なぬものだ。

 不滅のものは、事足りている。求むるのは、滅び足掻くものだ。疾く急がねば朽ちてしまう。

 人は己に無いものを求む生き物だ。だからこそ、彼にとっては、それこそが愛でるに値する。



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ブッシャリオンTips 第二席(仮)

 トリニティ・ユニオンのアジア圏におけるトップ。肉体の全てを機械化した純サイボーグであるとされる。表舞台に登場する機会は殆ど無く、情報は乏しい。二~三百年程前のエネルギー規格戦争時代、徳エネルギーを強固に推進。『ユーロ』に対し勝利を収める。

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