第137話「飛鳥狙撃」

 一瞬。二人は太陽が流れたかの如く錯覚した。

 極大のエネルギーの塊が、雷めいたプラズマを纏いながらイオンの尾を引き、人工島の埠頭付近に着弾した。エネルギー弾はそのまま島を構成するコンクリートの塊を抉りながら海へと潜り込み、僅かに遅れて蒸発した海水が膨大な水柱を打ち上げた。

 その、着弾の余波によって。二人が敷設した波力発電機の大部分が機能を停止した。

 風で散った海水の滴が、二人の居るターミナルの窓に打ち付ける。

「……勝てねぇ」

「……だろうな」

 二人は床に伏せ、余波が去ったのを確認してから口を開いた。

 この攻撃が齎したのは、ただの破壊だけではない。

 彼等の街を守る『結界』もまた、こうして破られる可能性が生まれてしまった。となれば最早、安全な場所など、何処にもありはしない。


 否。東京湾宇宙港の、得度兵器や機械知性体に対する忌避プロトコル……即ち『結界』は、施設の破棄によって優先度を減じていたものの、正常に機能していた。

 ただ、相手が悪かったのだ。

 この手の『結界』は、嘗ての都市部にも構築されていた。今、彼等が相手にしているのは……その都市を攻撃するための得度兵器部隊だった。彼等はある方法によって、基本律の一部をオーバーライドされていた。『結界』そのものを無視出来ずとも、すり抜けられるように。

 結果として。得度兵器は東京湾宇宙港を攻略対象である都市の一部と認識し、攻撃を行った。

 尤も、その事実を二人は知らないのだが。

「悪い話が二つある」

「いい話は無ぇのかよ!」

「さっきの攻撃で、通信が使えなくなった」

「……もう一つは?」

「向こうは、次弾装填中だ」

 先程とは別の得度兵器が、錫杖のようなものを構えている。タイプ・ジゾウMk-Ⅱは、輸送艦から供給ラインを設置することで移動能力と引き換えにエネルギー問題を解決していた。

「地下に退くべきか……」

「馬鹿!ここで外に出りゃ、狙い撃ちだ!」

 かといって、ここに立て籠もっても事態は悪化するばかりだ。

 錫杖ビームカノンが変形し、再び光弾を蓄え始める。銃口がゆっくりと動き、彼等を向く。その様を、二人はただ見つめていた。

 物理的距離のせいか。それとも、何も出来ない無力感のせいか。

 何処か実感が欠けたまま。終わりの瞬間が、刻一刻と近付いて来る。

 銃口から、再び光がゆっくりと解き放たれる。思わず二人は目を瞑った。最期を噛みしめるが如く。



 だが、その時は訪れなかった。

 錫杖ビームカノンの銃口から放たれたエネルギー弾は、宇宙港の上空を掠め、遥かな水平線の向こうへと消えた。

「生き、てる……のか?」

 遅れてきた死の恐怖と、生の実感とがただ交じり合った。


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 唐装の男の口が、きゅるきゅると人外の言葉を吐き出す。その正体は、得度兵器の行動に対する強制割り込みコマンドだ。

 幾らトリニティ・ユニオンと云えども、この『鍵』を知り、尚且つ行使できる者は彼と……そして、『第一位』のみだろうか。

「面白い話を聞いた」

 彼がいたのは、ガンジー達の通信だ。

「入念に雲隠れしたと思えば、ふとしたことから居場所を漏らす。お前はやはり、男を惑わす悪女の器のようだ」

 通信の発信源は特定できた。片方は海上の宇宙港。そして、もう片方は……

「なぁ、美齡」

 既に、都市での目的は果たされようとしている。ならば、海上の鼠を手土産にするのも良かろう。

 男は、海面に足を下ろす。何らかの斥力により、男の足はそこに固定される。

「よし」

 続いて、もう一歩。波紋が足先を中心に広がる。男は、水の上を歩いている。一歩。一歩。また一歩。足取りは、次第に加速する。

 男は今や、海の上を疾走していた。

 ガンジー達の居る、宇宙港を目掛けて。

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