第136話「蟷螂の斧」

 カチャーン!

「大丈夫!?」

 ノイラが、コーヒーカップを取り落とした。カップはそのまま地面で砕け散った。

「大丈夫だ……少し、凄まじい悪寒がしただけだ。こう、一生顔も見たくない人間が、近場にやって来たような。そういう予感がした」

「それ、あまり大丈夫じゃないんじゃ……」

 箒とチリトリを持ったガラシャが、ノイラの椅子の近くへ駆け寄る。彼女はこうして、徳ジェネレータの中に居る時以外は、ノイラの世話をしていることが多い。

 今は身体の自由のきかない上に、思索に耽ることの多い彼女には、誰かの世話無しには生きていけない。

「やはり、こうしているせいか」

 先程のことといい、この身体を得る前の出来事を思い出してしまうのは。

 ガラシャは、心配そうに彼女を眺めている。

 やはり、このままの状態は好ましくないのだ。仮に、田中ブッダが再び襲ってくるようなことがあれば。次は拒み通せまい。身体を元通りにする手立てを、何としても考える必要がある。

「大丈夫だ。あの二人も……今は、連絡が取れないがな。きっと、戻って来るだろう」

「うん……」

 辛うじて動く片腕で、彼女の頭を優しく撫でる。

「今の私には、これくらしか出来ないが」

 をせねばならぬ時が、近付いているのかもしれない。


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「付き合うとは言ったが、どうする気だ?」

「さっきの計画で、得度兵器の注意をこっちに寄せる。その間に……地下通路であっちまで行けねぇかと思ってな」

 確かに、連絡通路は一本限りではない。ガンジー達が使ったもの以外にも、無数の地下通路が都市の地下には張り巡らされている。

 だが……

「無理だ。地下通路の地図は無いぞ」

 テクノ仏師の持っていた地図も、完全ではない。

「それに……行ってどうする気だ」

「奴ら、遠くに攻撃してる。足下は留守なんじゃねぇかと思ったんだが……」

「止めておけ」

 クーカイは止める。今のガンジーなら、大丈夫だろう。

「もっといい方法がある」

「通信機……?」

 クーカイは、ガンジーに見つけた通信機のことを打ち明けた。

「予備電源を繋げば動く。自分であれこれ考えるのもいいが、他人の知恵を借りたらどうだ」

「偉そうなこと言って、お前も他人任せかよ……」

「止めておくか?」

「いや……悪くねぇ」

「問題は、電波を無差別に出すことだ」

 つまりは、高確率で得度兵器に見つかる。

「街まで繋がるのか?」

「俺達の持ってるのとは、規模からして違う。中継無しでも、いける筈だ」

 仮にも、ここは元宇宙港だ。その気になれば、軌道上とすら交信可能な設備が揃っている。彼等の街までは、大きく見積もっても数十km程度だ。

「……なら、マスドライバーとかいうのをぶっ壊すのは後回しだ。逃げ支度をしてから、通信する。それでいいな?」

「良いだろう」

 数時間後。彼等は、通信機の復旧を完了させていた。得度兵器はまだ、都市に対して散発的な攻撃を続けている。

「……どうも、完全破壊する積もりは無いようだな」

「今はこっちが先だ」

 予備発電機の電力を根こそぎつぎ込み、彼等は指向性アンテナを手動で街の方角へと向ける。

 採掘屋達が使う、緊急用のチャンネルに通信を設定する。街まで繋がらずとも、誰か近場に居る他の採掘屋にさえ届けば、望みはある。

「聞こえたら、誰か返事してくれ!」

 ガンジーは、マイクに叫ぶ。

 CQ呼び出しを繰り返すこと、数度。街との通信が繋がった。

 その電波は、ネットワークへ接続されたノイラの『体』の一部に捉えられたのだ。

「……ってわけで、今大変なことになってんだよ!」

『得度兵器が、都市を襲っているだと?』

「何か、使える手が……」

『何てことだ……』

「何かあるだろ!」

『よく聞け、ガンジー。その都市はまだ、生きている』

「どういうことだよ!」

『つまり、情報中枢が稼働し、得度兵器と対立している、ということだろう。だから物理的な侵攻ハッキングという手段を……』

「いいから早く止める方法をだな!」

『細かい話は後だ。そちらのシステムを、通信で繋げ。あとは、私が直接『視る』』

「わ、わかった」

「ガンジー!」

 得度兵器の様子を監視していたクーカイが叫ぶ。ガンジーは、彼等の動きに変化があったことを見て取った。

 長距離狙撃型……タイプ・ジゾウMk-Ⅱの砲身が、こちらを向いている。

 ただ、砲口が向いているだけではない。

 錫杖ビームカノンが変形し、励起された粒子と電場・磁場によって構成された励起粒子銃身ビームバレルが展開する。

 最早錫杖とは呼び難い形状へと変化したビームカノンが、熱と光を蓄え、唸りを上げる。

「まさか……『見えていない』、のか」

 最早徳エネルギー兵器などではない。明らかに殺傷能力を備えた、ただの兵器だ。

「どういうことだよ!」

「この距離では、対人センサの有効圏外なのかもしれん」

 事実。湾を跨いだ距離で、屋内に居る人間を識別することは……得度兵器のセンサを以ってしても不可能だった。だから、得度兵器は空港を『都市』の一部と捉え。不審な動きを止めるために、排除を決定したのだ。


 エネルギーの塊は銃身から離れ、飛翔する。ガンジー達の居る人工島を目掛けて。

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