第132話「対立の兆」
海の彼方で、朝日が昇る。
新鮮な日の光が、対岸にある作りかけの伽藍の基礎を照らし出していた。
「……電源の復旧は?」
「波力発電機?とかいうのがあった。ケーブルを敷き直せば使えるみたいだ」
「ディスクの回収作業も、出来るところまでは終わった」
二人は、夜を徹して準備を進めていた。
ガンジーは電源設備の復旧。クーカイは、データのサルベージ。出来ることは、多くは無いものの、粗方終えた。
「ひとつ、分かったことがある。この人工島は、宇宙港以外にも様々な機能を持っていたらしい」
「……そういえば、港もあったんだな」
ガンジーは、作業の途中で船の港を発見していた。
使える船こそ見当たらなかったが、ざっと見た限り、港そのものは損傷は無かった。極めて長寿命のコンクリートで覆われているようだ。
「この島は、最悪得度兵器の手に渡る。それでもいいのか?」
「……下手を打てば、だろ」
昨日、ガンジーの立てた作戦。得度兵器を電波発振によってこの宇宙港へおびき寄せ、反応を観察する。
仮に上陸や攻撃をしてきた場合、程々に迎撃。不利になったら、島を放棄して地下通路から脱出。その後、念のために重要施設や通路を爆破する。
クーカイは、彼を止める口実を探していた。だが失敗したとしても、彼等に失うものは殆ど無く、成功すれば得る物は多い。脱出手段も確保されている。強いて難点を挙げるなら、この後で別の海上港を探す必要が生まれることくらいだ。
これまで潜り抜けたものと比べれば、最も安全な戦いとすら言えるだろう。しかし、だからこそ、クーカイの顔は、明るくは無い。
「今更、怖くなったのか?」
「一度、戻って街に確認するべきだろう。この宇宙港は、戦略的に重要だ」
「そうかもしれねぇが、多分、時間があまりねぇぞ」
「拠点構築にはまだ、時間が掛かるだろう」
「……向こう岸を見ろよ、船が居なくなってやがる」
ガンジーに言われるまま、クーカイは双眼鏡を取り出し、対岸を覗く。
今、二人が陣取っているのは、海が見渡せる人工島の端だ。
「……確かに、姿が無いが……潜ったのかもしれん」
昨日は停泊していた輸送型得度兵器の姿は、確かに無かった。
「仲間を呼びに行ったのかもしれねぇだろ」
断定には足りない。恐らく、建築資材や補給物資の補充に向かった、と考えるのが穏当なのだろう。
だが、「最悪」を想定しているのは、ガンジーの方だ。
「……確かに、そうかもしれん」
だから、クーカイには何も言い返せなかった。
己の相棒が、危うい道へと踏み出し始めていることに、薄々気付いていながら。何も。
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「そろそろ、馬鹿二人は宇宙港に着いている頃か……」
安楽椅子の上で、ノイラは朝のコーヒーを嗜んでいた唯一破損を受けていない片腕でカップを持ち上げ、中身を飲み下す。
味は程々、といったところだ。流石に、本物のコーヒー豆は今の流通網では手に入らない。代用合成品だが無いよりマシだ。
「クーカイは馬鹿じゃないよ」
ガラシャが、厨房の方から顔を出す。暗にガンジーは馬鹿だと言っているが、徳の高い彼女はそれを直接口に出すことはしない。
「随分と庇うじゃないか」
傍から見れば、優雅な休憩の時間だが……彼女の頭脳は目まぐるしく働いている。彼女の脊髄付近から伸びたケーブルは、有り合わせのデバイスを介して演算器へと繋がれている。物理的に身体を動かせない歯痒さは、「目」と「手」の数で補われている。
外部のネットワークと直接接続された彼女は、普段よりも却って全知に近い。尤も、本人はその有り様を嫌っているのだが。
「だが、やはり馬鹿だな。まだまだ、私も目が離せん。特にガンジーの方は……」
「……ノイラさん、ガンジーのこと、好きなの?」
ブッ
ガラシャの問いに、ノイラは思わずコーヒーを噴出した。
「ああっ!ごめんなさい!」
「少し、吃驚した」
ガラシャが、毀れたコーヒーを拭く。
「……好きだとか、何だとか。私はもう、そういう時期は忘れてしまったよ」
「じゃあ、何であの二人の面倒を見てるの?」
「気紛れ、と言いたいところだが……昔の家族に似ているところがあるのかもしれないな」
「家族……」
ガラシャには、その言葉にはいまいちピンと来ていないようだ。彼女の家族は、数ヶ月前に天に召された。
それでも、彼女には大した感慨が湧かなかった。何処かが歪なのだろうとは、彼女自身にも分かっていた。
「話せば、長い話になる。何れ機会があれば、な」
そこで、ノイラは話を終わらせた。舎利バネティクスの力で外見上の若さを保ってはいるが……彼女自身はもう、半世紀以上の時を生きている。
辛いことも苦しいことも、多くあった。家族を捨て、身体を捨て、生まれた国も、名も捨てて。それでもまだ、彼女は生きている。それだけが、今の彼女にとっては確かなことだ。
何れそれは、語らねばならないだろう。だがそれは、やはり今ではないのだ。
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