第十四章
第127話「東京湾宇宙港」
人がまだ、空を見上げていた時代。星の世界へと旅立つ港が、世界には幾つも開かれていた。
港はやがて巨大な塔とケーブルへと取って代わられ。その塔すらも、殆ど忘れ去られて。人の世界は、一つの星の中へとゆっくりと縮んていった。
東京湾宇宙港。それは、その遥か昔に忘れ去られた港の一つだ。
衰退の途にある国家に訪れた、幾度目かの土木工事ラッシュの余波で海上に建造された宇宙港は、最も
しかし、海底トンネルと海路を接続に用いることに起因する交通量上のボトルネックのため、開港当初のコンセプトから逸脱し、海上交通手段から直通の貨物宇宙港として用いられた。その貨物需要すらも、間もなく完成した軌道塔によって吸い上げられ、東京湾宇宙港はその短い歴史に幕を閉じることとなったのである。
湾上に建造された巨大な構造物は、その後物流倉庫や発電プラントとして一時一部が用いられたものの、徳カリプスよりも以前から長らく廃墟としてその躯を晒していた。
「東京湾宇宙港……」
ガンジーは、テクノ仏師に読んで貰ったプレートの中身を反芻する。
その施設のことを彼は知らないが、宇宙への港を指すのだろう。天空に座す、仏舎利へと至る道。よもや、こんな場所にその筋があろうとは。
……しかし、今は他にすべきことがある。ガンジーは後ろ髪を引かれながらも、相棒と合流するために通路を戻らんとする。
「あの失敗作?とやらの止め方を教えろ。仲間が足止め食らってんだ」
「お仲間、というのはちなみに何人程?」
「……今来てるのは二人だよ、俺含めてな」
「なんと。そうですか、あまり多くの人間に『工房』へ踏み込まれるのは好ましくないのですが、その位ならばよいでしょう」
「……水路を水没させたのも、お前の仕業か?」
「以前、塒を荒らされたことがありましてな。それ以来、罠を。失敗作といえど番犬には丁度いいので」
断言はできないが、それはガンジー達の街の採掘屋の仕業だろう。徳の低いことだが、暮らす人間の正体が分からなければ、無作法を働く者も居よう。
「それは、何ていうか……すまなかったな」
だから、という訳でも無いのだが、ガンジーはテクノ仏師に謝罪した。
「いえ……水没した通路を無理矢理進んでくる人間が居るのは、流石に想定外で。いい勉強になりました」
テクノ仏師は顔を防毒面めいたマスクで覆い、指を宙でクイクイと動かしている。恐らく、中に端末が仕込まれているのだろう。
「……おかしいな。番犬の反応が無い」
テクノ仏師が呟く。
「おい、まさか暴走したとか言わねェよな」
番犬というのは、あの肉塊、つまりは失敗作とやらのことだろう。
「もしや、相棒の方が破壊を?」
「いや……」
そんな装備は持って来て居ない。クーカイは、今も立ち往生している筈だ。
その時。
「……ようやく、見つけたぞ」
水路の奥から、声が響く。暗闇の中から、大柄の男が姿を現す。
「クーカイ!」
クーカイだ。だが、その顔色は悪く、足取りはふらついている。
「そいつが、仏師とやらか」
「お仲間……しかし、入り口の番犬は」
「勝手に壊れた……ゲホッ、ゲホッ」
咳き込むクーカイ。駆け寄るガンジー。
「そんな筈は……」
首を傾げるテクノ仏師。
「いいから、他の道を教えろ。宇宙って付かない方の港だ」
「と、言われましても。流石に全体を把握している訳では」
ここは、都市の腸の奥深く。その総体を知ることは、何人たりとも出来はしない。
『宇宙港ならば、恐らく港もある筈だが』
クーカイのヘッドセット(ガンジーから押し付けられたものだ)に、ノイラの声が響く。
『やっと通信が回復したと思えば、いまいち状況がわからんが……宇宙港があるならば、欲しい物資もある。かなり遠回りだが、余裕があれば立ち寄って欲しい』
「だ、そうだが」
「後出しで言うのは勘弁してくれよな……」
ガンジーはクーカイを支えながら、頭を掻く。水浸しになった髪は、もう乾いている。この通路は川と繋がっている筈なのに湿気が少ない。
「……もしかして、ロケットがあんのか?」
『流石に、閉鎖された宇宙港に使えるロケットは無いだろう』
「だよなぁ……」
『だが、回収して欲しい物資はそれに関係する物だ』
「兎も角、一度休んで情報を整理しよう」
「そうだな……」
クーカイは、よたよたとその場に腰を下ろした。一体何があったのかガンジーには分からないが、相当疲労していることは間違いない。
「なぁ……クーカイ」
「なんだ?」
「いや、何でもねぇ」
ガンジーは、何かを問おうとして止めた。
それが何なのか、彼自身にもよくわかってはいなかった。
あの『失敗作』と戦ったのか?どうやって倒したのか?訪ねたいことが無いわけではない。
ただ、まだ聞くべきではない気がしたのだ。
▲▲▲▲▲▲▲▲▲
ブッシャリオンTips 東京湾宇宙港
東京湾上に建造された宇宙港。独自の円形マスドライバーをシンボルとし、巨大都市に近く、海上交通の要所に存在することから世界的な宇宙拠点として期待された一大プロジェクトであった。
しかし軌道塔の実用化等によって利用は低調に留まり、時代錯誤な失敗事業の烙印を押されることとなる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます