第116話「作戦会議」
「……確かに、言われてみれば。攻めるならば、今しか無い、かもしれない」
と、クーカイ。
『先の防衛戦によって、ある程度得度兵器の戦力を削れた』
「これ以上は、望めねぇか」
「……そう、なのかな」
ガラシャの村の防衛戦で。彼等は数体の得度兵器を打ち倒した。今迄の累計撃破数は20近い。少なくは無い。だが、問題はそれが向こうの戦力の何割に相当するか不明な点だ。
『前に、少し計算したが……百機を超えることはあるまい。他所からの補給が無いと仮定した場合で、だがな』
「計算って、んなことできんのかよ」
『所詮、相手は機械だ。部品点数。損耗率。必要資材量。その輸送法。限界を推し量る方法は幾らでもある』
機械は人と違って飲まず食わずで活動できるが、それは無補給で活動出来ることを意味しない。交換部品やメンテナンスが必要だ。
北関東拠点は内陸部に存在する。そこへの物資輸送量が一種のボトルネックになる、と彼女は考えたのだ。
「つまり、今現在の戦力は約八割にまで低下している、と……?」
『流石に多少は回復しているだろうが……数字を鵜呑みにすれば、そうなる。補充ペースが分からないことには、確定値は出せん。全体を推し量る程度の役にしか立たないだろう』
「それでも、俺達の倒してきた数の4倍だぞ……どうすんだ」
『相手の戦力を分散させる。今まで交易ルートを築いた集落から戦力を出してもらって、多方面から攻勢を仕掛ける』
「無理だ……」
クーカイは頭を抱える。この近辺の集落では、この採掘屋の街が最大の戦力を保有している。他から戦力をかき集めても、80体などと。
「行けるか……いや、行けねぇ……まだ行けねぇな」
ガンジーも頬杖をつき、頭を悩ませる。
『これは、陽動だ戦力を惹きつけられればいい』
彼女は、続ける。
三人は、ベッドの上のノイラを見る。
「陽動……?」
「他に、戦力があるというのか?」
「どういうこと……?」
『我々は北に回り込んで、少数での拠点への突入を試みる。こちらが作戦の本命だ……』
「……」
「…………」
『すまん、地図を出してくれないか』
「あ、ああ、悪ぃ」
ガンジーは慌てて地図を引っ張り出し、テーブルごと彼女のベッドの脇へ寄せる。今の彼女は、腕の一本も満足に動かせない身体だ。こうして傷を負った彼女を目の前にしても、彼は、それを時たま忘れそうになる。
『この街のずっと北……そこじゃない。もっと上、そう、その辺だ。そこに、人間の街がある』
ガンジーが手に持つ棒が指し示すのは、東北地方の山の中。
「こんなとこに、街があんのか……」
『ただの街じゃない。この十年、得度兵器を相手に『戦争』をしてきた街だ』
ガタッ、とガンジーの傍らで音がした。怯えたガラシャが、ガンジーに縋り付く。クーカイが立ち上がり際に椅子を倒した音だ。
「奥羽、岩窟寺院都市」
クーカイは、震える声で絞り出すように口にした。
『……やはり、知っていたか』
「まだ、健在だったとは」
『間違いない。この目で確かめて来た』
「どうやって、勢力圏を抜けて……?」
『それは、こちらが聞きたい。私の場合は迂回ルートで力押しだ』
「二人で盛り上がってるんじゃねぇよ……」
『ガンジー』
「すみません、説明してください」
『いいだろう。この街は、奥羽岩窟寺院都市と呼ばれるジオフロントに構築された都市だ。私は、この街に来る前は北に居た。その時、少しの間滞在したことがある』
「北から真っ直ぐ抜けてきたのかよ……」
『厳密には、勢力圏を大回りするルートだ。私以外には使えん』
「……やめよう、ガンジー。この案は嫌な予感がする。それに……得度兵器の勢力圏を抜けられないだろう」
クーカイはガンジーに縋るように話しかける。
『ルートに関しては、幾つか案がある』
だが、それをノイラの言葉が無慈悲に打ち砕く。クーカイの額に冷や汗が滲む。この北の辺境まで、どのようにして向かうというのか。
『一つは、陸路。私か、このクーカイが使ったのに近い道を使う方法だ』
「もう一つは?なんだ……なんですか?」
『海路だ。川を下って、海へ出る』
「海」
ガンジーは言葉を反芻する。彼は、海を直接見にしたことがなかった。
この土地は海まで距離があるわけではないが、周辺の沿岸部は嘗ての人口密集地と工業地帯に覆われている。つまりは、徳カリプスの廃墟と得度兵器の温床とにだ。
だから……彼等は、採掘屋ですらも、その中心部にまで分け入ったことは碌に無い。それだけでも、この旅路の困難さは窺い知ることができた。
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北の空は、今日も雲に覆い尽くされている。だが、その一部は雲の形を借りた人工物である。
得度兵器、タイプ・ズイウン。得度兵器、と言うには姿も機能もかけ離れているが、そうカテゴライズされているものは仕方がない。雲のようなその機体の正体は、得度兵器やその資材を輸送する一種の飛行船だ。タイプ・ガルーダには速度は遠く及ばないが、積載量や経済性では遥かに勝る。
船体は光と風の殆どを透過し、分散配置された気嚢と、電磁流体力学を応用した浮上機構によって浮力を稼ぎ出している。その外見は、時折水深システムが放出するオーロラめいた光を纏う以外は雲そのものと呼べよう。
瑞雲の合間から、ワイヤーで係留された幾体もの巨大な仏像が下りてくる。拠点の補給のため、別の拠点より抽出された得度兵器達だ。
半仏の男は、その作業の光景を見上げていた。
「……このままで終わることは、あるまい」
人の粘り強さを、彼は思い出していた。この北の拠点で、それを彼は幾度か思い起こすこともあった。
あの街は、未だ得度兵器の攻勢限界の外にある。彼一人と、得度兵器数体程度ならば持ち込むことは出来るが……街全体を解脱、または出家させ、勢力下へ置くようなことはどの道出来なかった。
だからこそ、田中ブッダは彼女を生かした。
「向こうから来てくれるならば、手間は省けるというものだ」
天より降り来たる仏像のうちの一体は、新型機、タイプ・シャカニョライ改の
そして、この拠点には、彼自身が手づから回収した仏舎利カプセルがある。
決戦の時は、刻一刻と近付いている。
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ブッシャリオンTips タイプ・ズイウン
希ガスの浮力や電磁流体力学を応用した浮上方式等を組み合わせた大型輸送機。得度兵器に分類されているが、徳エネルギー兵器等を搭載しているわけではない。
全長は最大で数キロにも及ぶが、外見は風の流れで絶えず変形を繰り返し、全体がある程度光や風を通す構造になっているため遠目では正しく瑞雲に近い物体に見える。
得度兵器を分解せず搭載可能なことから
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