第111.5話「黒幕」

 田中ブッダ。

 徳エネルギーの巨人。

 その足跡は、栄光に満ちている。

 百年を経て尚、その知性には衰えの影すら無く。

 徳カリプス直前期には流石に活動が滞っていたとはいえ、それすらも単純に、多忙に因るものであると噂されていた。

 だから例え、この黄昏の時代であっても。徳エネルギーを僅かでも知る者は、彼ならば、この滅びる寸前の世界を変えられると、何処かできっと信じていた。

 いや……彼以外の誰が、この世界を変えられるというのか。

 そう信じる点に於いては、きっとノイラも例外ではなかった。


 彼から受け渡されたデータ。その解号デコード作業自体は、簡単なものだった。送信可能な量には限度がある。コードもある程度把握出来ている。

 問題は、その内容だった。


「人のより良き最期のために、君の力が必要だ。

 私と共に来て欲しい」


 簡素な文面。添付された、幾つかの座標情報。それで、彼女は全てを察した。

 得度兵器を操る『誰か』。ノイラも、その存在には薄々感づいていた。

 今の機械達は急ぎ過ぎている。僅か十数年での、形振り構わぬ巨大化。あまりにも急速な進化。何者かの手が入っている、と考えるのが自然だ。

 だが……その主犯が、依りにも寄って、彼であるなどと。

 

 彼女は過去に一度、彼の講演を聞いたことがある。その時の彼はまだ、人の衰退を自覚しつつ、それでも人の可能性を信じていた。徳エネルギーの可能性を信じていた。

 何が、彼を変えてしまったのか。徳カリプスという超常の災厄の前では、全てを超克したかに見えた彼もまた、只人に過ぎなかったのか。

 失望は深く、怒りと混乱はそれ以上に深い。それは、力ある者が全てを弄ぶことに対する歯痒さであった。同時に、嘗ての、傍観者を気取っていた己に対する怒りでもあった。人の生に対する義憤でもあった。


 彼女の眼は、静かな憤怒に曇っていた。

 そして、ただ一つだけ、彼女は勘違いをしていた。

 それは、田中ブッダこそが人類総解脱の黒幕だと考えていたことだ。

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