第110話「発電設備」
徳エネルギーの開発以来。徳の高い人間は何者にも代え難い資源となった。
高僧を動力源とした場合、理論出力は約1GWとも言われる。実際には常時高僧を動員可能な訳ではないため、その1/3程度が有効出力とされる。
ガンジー達の街では電気、熱源、自動車。あらゆるものが徳エネルギーで動いていた。加えて、効率の悪い、急造の変換系・送電系統。更には備蓄のためのシステムや、もはや誰にも総体を把握できなくなった実験都市としての機能が、依然としてエネルギーを食い潰している。
それら全てを支えるには、通常時でも徳ジェネレータが常時、最低1基は必要だ。祭りの最中の今は、2基は必要だろう。
だが、逆に言えば。それでも、たかだか1基や2基で支えられてしまう。それこそが、嘗て競合するエネルギー源を駆逐し、世界を塗り替えた徳エネルギーの力だ。
ガンジー達は街の発電設備に足を踏み入れる。フラスコめいた形の徳ジェネレータと、その予備部品が雑然と並ぶ倉庫。
「私は、少しばかり前にこの街へ来てな」
田中ブッダの光る仏像の眼が倉庫の中を照らす。
倉庫の奥には、一基の淡い光を放つ徳ジェネレータと、一基の光の消えた徳ジェネレータ。どうやら一基は運転中のようだ。
稼働中のものの中に居るのは、ガラシャの交代要員であろう。徳溢れる街から訪れた客人だ。流石に、ガラシャ一人で街の電力を賄っているわけではない。
「君達が留守の間、ここの設備を弄らせて貰っていた」
慣れた手つきで制御盤に向かう田中ブッダ。
「どうやら、送電系のトラブルのようだ。徳源を入れ替えた時に発生したサージが、間接的に損傷を与えたか。恐らくは出力変動に伴うフィードバック係数の変化によって、徳力場に発生した乱流が干渉を起こしマンダラ・サーキットを通して増幅され……」
ガンジーはおろかクーカイにすら、彼が言っていることの半分も理解できてはいない。
「……ガラシャ」
「…………わたし、悪くないもん」
ガンジーは何とはなしに、むくれるガラシャを見遣る。
「つまり、送電系に異常な負荷がかかってシャットダウンした、と?」
「恐らくはそうだろう」
ノイラの翻訳によって、辛うじてガンジーにも事態が把握できるようになった。
「ジェネレータは問題ないんだな?」
クーカイが尋ねる。
「調べんとわからんよ。少なくとも、マニタービンよりも先の部分に問題がある」
「どの道ジェネレータを再起動させないと分からない、ということですか……」
「……行くぞ、ガラシャ。後で土産でも買ってきてやるから」
「うん……」
ガンジーはガラシャの手を引き、徳ジェネレータへ向かう。今稼働中のジェネレータは一基のみ。送電のトラブルを解決したとしても、祭りの最中の街を支えるには心許ない。
「予備電源もサージに巻き込まれた、と?」
「そうなるな……」
田中ブッダとノイラは、相変わらず難しい話を続け、クーカイもそれに耳を傾けている。
「私は、念の為に送電配線を調べて来る。過負荷の原因が外に無いとも限らない。こちらは、君の方が詳しかろう」
何やら、結論が出たようだ。
「お気をつけて」
田中は倉庫を後にする。ガンジー達は、それを見送る。
誰も、彼の行動に疑念を抱くことは無かった。
「まずは、照明の復旧だ。徳ジェネレータからのバイパスを繋いで……」
「わかった」
ガンジーはノイラの指示に従い、配線を弄り始める。やっと、いつもの調子に戻った、とぼやきながら。彼は田中ブッダに対して敬語を使う彼女に、どこか背筋がぞくぞくするような違和感を感じていた。
「……あの人、結局誰だったの?」
「偉い人だよ」
ガンジーはガラシャの問いに投げやりに答える。そういえば、彼女には結局紹介せず仕舞いだった。
「まぁ……戻ってきたら、詳しくだな」
「私の、師匠の師匠筋に当たる研究者だ」
ノイラがガンジーの答えを引き継ぐ。
「徳エネルギーについて、彼ほど精通している人間は居ないだろう」
「……ちょっと、待てよ」
ガンジーの中で、何かが引っ掛かった。
「じゃあ、あの博士は今まで、何してたんだ?」
徳カリプスから、既に15年が経過しているのだ。その間、あの男は何をしていたのか。
「分からない。だが……御自分を責めて、隠棲されていたのだろう」
ノイラは、昼間のやり取りを思い出す。『私は、そうは思わん』と。彼は、そう言っていた。
「ガンジーの言うことも、少し気になるな」
今まで黙していたクーカイが口を挟む。
「あの肉体……果たして、何のメンテナンスも無しで維持出来るものですか」
顔の半分を覆う仏像。恐らくは、舎利バネティクスの一種。ノイラは得度兵器を狩ることで予備部品を確保している。だが……あの男は、それをどうしているのか。
そして、彼はクーカイ・シリーズを知っていた。徳エネルギー研究の大家ならば、計画自体を知っていても不自然ではない、と考えていたが。
『君も、クーカイか』
あの口ぶりは。他のモデル・クーカイを知っている。
確定的な証拠は無い。だが、彼等の内に疑念は静かに膨らんでいく。
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