第101話「滅びの途中」
『マロ』の前に、給仕姿の男が茶を運んでくる。
「……何か、盛ってないでおじゃるな?」
「その必要が?」
「確かに、無いでおじゃるな」
『マロ』は、出された茶に手を付けた。新茶の良い香りが広がる。
恐らく、この船団で栽培されたものだろう。何処かの島に畑があるのか、或いは水耕栽培か。不思議な味わいが口の中で広がるところを見るに、塩水に適応させた改造種の可能性もある。
「……最後の通信は、14年程前のことだ。計画は、その時には既に成功していた」
そんな『マロ』をよそに、エミリアはそう口にした。
「徳カリプスの前、でおじゃるか」
答えは無い。最後の通信というよりは、徳カリプスの混乱によって交信不能に陥った、という方が恐らくは実態に近いのだろう。だが、それ以前に。
「いや……待つでおじゃる。そもそも、宇宙施設は放棄された筈でおじゃる」
25世紀前半。人類は無人施設や自律衛星網を残し、宇宙から撤退した。それが正史だ。だが、相手は地上最大の企業体。非公式な宇宙施設の一つや二つ、維持していても不思議は無いが……少なくとも、『マロ』は知らない。
不死者と云えど、決して全知万能ではない。取り分け恒星間移民計画など、彼は完全に蚊帳の外だ。遠大な計画が最終的にどうなったのか。それは少なくとも、『マロ』の記憶の中には無い。
風の噂で、何か重大な事故が発生したと耳にした程度だ。それ程までに、その時期。既に人類の関心は外には向いていなかった。
「ああ、知らぬのか」
御簾の内で影が動いた。それに反応するかのように、『マロ』の前の空間にウィンドウが浮かぶ。
現れたのは、複雑怪奇に入り組んだ三次元タイムテーブル。十年単位の
「証拠を先に見せた方が、理解しやすかろ」
「これは、何でおじゃるか」
これは、工程計画表だ。それも、得体の知れない『何か』を作り上げるための。
刻まれた日付は、今よりも百年以上昔。
「『船体』の建造は、最終的に木星圏の独立機関で行われていた。知らぬでも無理はない」
「完成……していたでおじゃるか」
「とうの昔に旅立った、という方が正しかろう」
新たな画像が現れる。それは、巨大な『船』の図面だった。『マロ』の指は、目の前のモニタを滑り。そして、画面上の一箇所で止まった。
その場所には、『ケースA 次元階差機関セクション』と確かに刻まれている。
「……そんな、ことが」
そんな、馬鹿なことが。
『マロ』は絶句する。この船の動力源は、徳エネルギーではない。
己の知らぬうちに、人類は一体何を作り出していたのか。それを彼が正しく把握する暇すらなく。
「これで、判ったであろ」
エミリアがそう口にすると、『マロ』の前からモニタは消え失せた。
徳エネルギー以外の可能性。人類の取り得た、もう一つの選択肢。それが彼女を駆り立てる希望の正体なのだろう。だが、
「……木星圏の施設を、掘り起こす気でおじゃるか」
再び、宇宙へと進出しようというのか。それには、どれ程のリソースを投じれば良いのか。『マロ』には想像すら及ばぬが、決して軽い対価ではあるまい。
「目指すべきは南極。そこに、プラン・ダイダロスの旧拠点が存在する」
しかし、エミリアが口にしたのは別の目的地だった。
「無理でおじゃる」
『マロ』は即答した。それは、木星以上に至難な目標とすら言える。南極大伽藍。今やその地は、得度兵器の地球最大の拠点と化している。
恐らく、南極大伽藍はプラン・ダイダロスの施設を言わば居抜きする形で作り上げられた拠点なのだろう。
「そちならば、乗るやもと思ったのだが」
確かに。そこには、あの男が居る筈だ。嘗ての徳エネルギーの最高権威。そして、ある意味では彼の仇敵とも呼べる、田中ブッダが。
「負ける博打を打つ趣味は無い、と言った筈でおじゃる」
しかし、それが『マロ』の答えだ。とても付き合っていられない、というのが正直なところではあるが。
「それもよい。時間は有り余っている訳ではないが、そちの心変わりを待つ程度の猶予はあろう。協力する気になれば、より詳しく語らうこともできよう」
「……『マロ』は、気が長い方でおじゃるよ」
南極を目指す、などという与太話を『マロ』が真に受けるとは、向こうとて思ってはいまい。これは、交渉の土台だ。最終的な目標と、それに到達するための手段。彼女は己の向いている方向を告げたに過ぎない。ただそれだけのことで、知らない情報が山のように出てくる。
……それ程までに。同じように永き時を生きてきた筈の、彼と彼女の見てきたものは違っている。この隔たりを埋めることは、果たして可能なのか。少なくとも、彼にはその自信は無かった。そして現在のところ、主導権はあちら側にある。
だが、収穫もあった。少なくとも、相手は『マロ』自身の転生以外の能力に興味があること。そして、具体的な計画は彼にはまだ告げられない……つまり、何らかの不確定要素が存在すること。仮に計画が盤石ならば、伏せる理由など無い。
『マロ』は武装した兵士に連れられ、玉座の間から連れ出されながら、
(……足掻いてみる余地は、ありそうでおじゃるな)
そう、密かに考えていた。
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ブッシャリオンTips 南極大伽藍(Lv.1)
得度兵器の持つ最大の拠点。南極大陸に建造された唯一の人工都市。地下に田中ブッダ基地が存在する。元々はプラン・ダイダロスの地球研究拠点であったが、計画の完了に伴い事実上放棄されていたところを、徳カリプス前後の時期以降、田中ブッダ並びに得度兵器が占拠し続けている。
南極大陸にこのような大拠点が建造された理由には国際協調路線の明確化等諸説存在するものの、恒星間宇宙船に用いる動力源の性質から、『人間の活動痕跡が可能な限り存在しない陸地』を求めた結果であるとも囁かれている。
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