第63話「そして、黄昏は訪れる」

「儂らは、徳カリプスよりも以前からこの村で暮らしておった」

 老人……少年の祖父は、凄まじい速度でコンソールを操作しながら語り始めた。老人の現状認識は、空海達と概ね一致していた。

「儂が生まれるよりも以前に、計画は完了したが……それでも、村を捨てられんかったのよ。儂らは、言わば脱落者だった」

「計画」

 空海は声に出して繰り返す。プラン・ダイダロス。未だ謎多き計画。その答えは、目の前の老人が知っているのだろう。だが、今はその時ではない。

「爺ちゃん、何でこんなとこに居んだ」

 少年は祖父へ問い掛ける。

「そりゃあこっちの台詞だ。お前達の使ったダムの入口には、鍵がかかっとった筈だが」

「あー……そいつは、その」

 少年は、ばつが悪そうに肆捌空海の方を見た。

「まぁ良い。どうせこの施設を使う人間も、存在を知っとる人間も、もう殆ど居らん」

『徳ジェネレータの起動準備を行います。この操作は、地下9F~12Fからの退避を確認した上で行ってください』

 対話型インターフェイスの声が、徳ジェネレータの起動準備を告げる。

「……これで、起動できるのでしょうか」

 肆捌空海は老人に問う。

「知らんわ。二百年前の機材、動いたらめっけもんだ」

『起動を実行しますか?』

 ホログラフィックモニタには、『はい』『いいえ』の二つのボタンが表示される。

 後は、このボタンを押すだけで作戦は終わる。得度兵器の徳エネルギーは、起動した巨大徳ジェネレータによって吸い出され、均され、そして恐らく徳エネルギーで動く得度兵器の機能は停止する。その筈だ。

「……確かに、よう考えたもんだ」

 だが、老人はそこで手を止めた。

「確かに、地下の大徳ジェネレータを起動すれば、徳を地上の徳エネルギーごと吸い上げてしまうじゃろう。あの機械も止まるやもしれん。だが」

 老人の推測も、肆捌空海と同じものであった。

「ならば」

 ならば、と空海は思わず老人を急かす。何故そこで手を止めるのか、と。

 一刻の猶予も無いのだ。得度兵器の脅威は、既に村へ迫っている。

「だが、あの機械から溢れた徳エネルギーは、完全には吸い込まれずに村中へ散らばるだろうて。儂も詳しくは無いが……恐らく、そうなる」

 老人の言葉に、肆捌空海は気付いた。

「何がどうなんだよ、爺ちゃん」

「村の人々が、徳エネルギーを知る……と?」

 それは、村の日常の終わりを意味する。徳エネルギーという異物は、村の在り方を変えるだろう。

「それだけでは済まんだろう」

 まして、村の人間達が徳エネルギーを操れる体質であるならば。万一の可能性として、肆捌空海のような『奇跡』を具現化できる者も居るやもしれない。

 ……そして。もし仮に、そのような人々を得度兵器が脅威と判ずれば。

待っているのは、得度兵器との戦争だ。肆捌空海の街と同じ、ゴールの見えない泥沼の戦い。肆捌空海は、それを誰よりも知っていた。

付け加えるならば、この村は得度兵器勢力圏の中にある。その戦いの厳しさは、彼の街の比ではあるまい。

 無抵抗のうちに得度兵器に虐殺されるか、戦って死ぬか。これは極論すればその選択だ。

「お前なら、どうする」

 老人は、少年へ問い掛ける。

「爺ちゃん……」

「避けられぬ滅びを前に。それを受け入れるか、それとも抗うか」

「祖父殿、それは、酷では」

「黙っていろ」

 空海の抗議を老人は撥ね付ける。空海は思う。彼自身が以前言った通り、これは村の問題なのだと。ならば、空海に口を出す資格は無い。彼は沈黙した。

 少年もまた、沈黙していた。唐突に背負わされた、重すぎる決断を前に。

 そして、老人もまた沈黙した。少年の決断を待つかのように。

「もう、戻れねぇのか」

 少年は祖父へ問い掛ける。

「ああ、そうだ」

 祖父はそれに答える。

 逃げる選択肢は、少年にはもう無い。あるのは、ただ二つの選択肢から選ぶ自由だけだ。

「もしも抗う道を選ぶなら、徳ジェネレータを起動しろ。そうでないなら、そこで蹲っているがいい。……この三人くらいならば、得度兵器の目を逃れられるやもしれんからな」

 そして、老人は思う。これは本来ならば、自身が負うべき負債なのだと。

 老いた人間の選択を若者に押し付けるのは傲慢だ。だが、若者に選択を委ねるのは無責任だ。

 故に、彼はただ思う。自らの孫がどんな選択をしようとも、それを受け入れようと。

「……」「……」「……」

 三者三様の沈黙が場を支配する。それは、ほんの僅かな間の出来事だったかもしれない。



『徳ジェネレータの起動プロセスを開始します。システム復旧率、40、60、80、100%。循環系自己診断正常。回路系自己診断正常。エネルギー変換系応答なし。ジェネレータ単独による点検起動を実行します』

 機械の声が沈黙を破る。少年の指は、ホログラフィックモニタの『はい』のボタンに触れたまま止まっていた。

 偽りの平穏は終わりを告げる。そして、閉ざされた村に黄昏の時が訪れる。

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