インターミッション

「ここは、何処だ」

 肆捌空海は意識を取り戻した。

 彼は同一シリーズの壱参空海と共に仏舎利を携え奥羽山岳寺院都市を出奔した。

 その後、道中で何者か……恐らくは得度兵器からの攻撃を受けた。咄嗟に徳エネルギーフィールドを展開したが、爆炎に耐えることはできなかった。オリジナルの空海は印を結び火に耐えたという伝説を持つが、彼の『奇跡』はそれには及ばなかった。

 そして、壱参空海の『奇跡』が発動した。最後の記憶は、己の発動した徳エネルギーフィールドが分解される様と、背中の仏舎利が震える感触。

 壱参空海が如何なる奇跡を使用したかは定かではないが、彼の能力は徳エネルギーの攻性転用。即ち、攻撃に巻き込まれたと考えるのが妥当だろう。

「つまりは、死んだというのか……?」

 状況を総合すればそういうことになる。ならばここは地獄かさもなくば浄土か。

 彼は辺りを見回す。赤い雪原でも洞窟の中でもない。何処かの室内だ。窓は付いていない。暖炉では火が静かに燃えている。空海が今居るのは、部屋の隅のベッドの上。

 仄暗い照明。本棚と古びた映写機。メトロノームが置かれたテーブル。空海は何故か、あの殺風景な大僧正の部屋を思い出していた。

(……死後の世界ではなさそうだ)

 肆捌空海は思い直す。そこへ、足音が聞こえる。誰かが部屋に入ってくる。思わず自分の姿を確認する。街を出た時と同じ托鉢スタイルのまま。編笠だけは、ベッドの傍らへ立てかけられていた。

 足音はドアの前で一度止まり、遠慮がちにドアが開かれる。

「……やぁ、起きたのかい」

 現れたのは眼鏡の青年だった。手には、盆の上に載せられたティーセットを持っている。

「ここは、一体」

 感謝の意を伝える筈が、肆捌空海の口を吐いて出たのは疑問であった。

「説明は少し難しい」

「ならば私は、何故ここへ」

「お仲間の『奇跡』に巻き込まれたせいだよ。厄介なものを作ったものだ」

「壱参空海……私と同じ格好の、大柄の禿頭の男は何処へ」

 疑問は尽きない。

「彼はまだ、あそこにいる」

「ならば、助けに行かねば」

 得度兵器の攻撃の爆心地に、壱参空海がまだ居るのならば。

「その前に、順を追って説明しよう。僕の時間はいくらでもあるが、君達にはあまりない」

 しかし、目の前の男は何者なのか。何故彼を……彼だけを助けたのか。

「疑問は一回置いて、聞いてほしい。本当は、ここで僕が出てくる予定は無かったんだ」

 肆捌空海は言われるまま問いを噛み殺す。

「徳エネルギーは、根本的には形而上領域から取り出されるエネルギーだ。つまり、その気になれば『逆』も出来る」

「『逆』?」

 いや、そもそも何故ここで徳エネルギーの話が出てくるのか。確かに、彼等の奇跡は徳エネルギーに由来していると聞いたことがあるが。

「どんな現象であれ、完全に一方通行であることは有り得ない。徳エネルギーを利用して、形而上世界へ干渉できる、ということさ」

 徳エネルギーを用いた、形而上世界への干渉。何故、そんな話がここで出てくる。

「とはいえ普通、そんなことは有り得ない。だが例外は幾つかある。その一つが君達の奇跡だ」

 いや……この男は最初に、「『奇跡』に巻き込まれた」と言っていた。ならば、

「もしや、ここは」

「理解が早くて助かる。ここがその、形而上世界の入口だ」

 それは、浄土ということではないのか。

「とはいえ、『意識』を取り戻したなら、直ぐに退散して貰うことになる。君はまだ生きている」

「生きて……?」

「瞬間的に、ここまでだけだ。じき、揺り戻しがくる。どうやらお茶の用意は無駄になりそうだ」

 眼鏡の男の言葉通り、世界が急速に遠ざかりはじめる。いや……が、急速に遠くなっていく。近付くのは、馴染み深き現し世だ。

「待ってくれ!」

 遠ざかりながら、思わず肆捌空海は叫ぶ。その声は、すでにあの『領域』へは届かない。

「ここは君達の『物語』には関係の無いところだから、出来れば忘れて欲しい」

 最後に、眼鏡の男の声が聴こえる。

(恩人を忘れることなど、できようものか)

 空海は心の中でそう唱える。

 

 肆捌空海の意識は、再び闇へと包まれた。



▲▲▲▲▲▲▲

ブッシャリオンTips ????

 『プロローグ』に出てくる存在。彼の在る場所は黄昏の時代でもなく、徳無き荒野でもない。いわば『ブッシャリオン』の外にある。なので、彼の登場シーンにはブッシャリオンのタイトルが付いていない。番号も振られない。この項で扱うことそのものが間違いである。

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