第46話「奇跡の行使」

 それでも、或いは。奇跡とは、そういう時にこそ起こるものなのかもしれない。

 空海達の扱う奇跡は物理現象の領域レイヤーには必ずしも留まらない。理由付けされた幸運が運命と呼称されるならば、そこから外れたものこそが、奇跡と呼ばれるに相応しい。

 

 

 螺髪ミサイルのサーモバリック弾頭が一瞬で昇華し、白煙とともに空海達の周囲にまき散らされる。肆捌空海は異変を察知し、反射的に徳エネルギーフィールドを展開する。

 だがそれは、僅かな時間稼ぎにしかならない。仮に爆轟は防げたとしても、それに伴う急激な減圧まで遮断することは不可能だ。

 徳エネルギーフィールドの展開と時を同じくして、或いは僅かに先んじて。壱参空海もまた動いた。静かに合掌、詠唱を開始。

「いろはにほへど、ちりぬるを」

 いろは歌。作者不詳の誦文。

「わがよたれぞ、つねならむ」

 あくまで俗説ではあるが、その製作者は……オリジナルの空海とする説がある。

「うゐのおくやま、きょうこえて」

 それは飽くまで、俗説である。だが、奇跡というかくも理不尽な現象の条件には、それで事足りるのだ。

 空海達の頭上で蒸気雲が燃え上がる。僅か数瞬の後には、凄まじい衝撃波と圧力が空海達を襲うだろう。

「もう持たない!」

 肆捌空海の徳エネルギーフィールドが、負荷に耐え兼ねひび割れ始める。

「あさきゆめみし、ゑひもせず」

 僅かに、壱参空海が勝った。

 これより起こるは、奇跡による蹂躙。異なる法則ロジックによる侵略。世界を書き換える無法。

「奇跡は、無法であるが故に奇跡。ならば拙僧は、それを体現するものである」

 初期型モデル・クーカイの在り方は、後期型とは大きく異なる。

 何故なら、『奇跡』の解明を命題としたのが後期型ならば。『人工的な聖人の製造』こそが、初期の覚醒者製造計画の命題であったのだから。

 紆余曲折の末、とある密教組織が提供したサンプルによって人工聖人……いや、人工大師の器は完成した。

 だが、仏作って魂入れず、とでも言うべきか。クローンに注ぐは無かったのだ。計画は失敗に終わった。普通の人間に毛が生えた程度の徳に、オリジナルに近い精度の『奇跡』を行使しうる器。バケツの水を大型ポンプで撒くようなものだ。あっという間に枯れ果てる。

 前期型モデル・クーカイはその奇跡の万能性故に無法であった。であるからこそ欠陥を抱えていた。

 それでも、僅かな瞬間ならば。そこに存在するのは古の奇跡の具現である。正真正銘の神秘である。

 徳エネルギーフィールドが割れる。否、分解される。諸行は無常である。これは法である。

 徳エネルギーを吸い上げ、万物を巻き込み、塗りつぶし、世界は加速する。生と滅とを滅しながら、寂滅の世界は拡大を続ける。

 法の具現という名の無法。それこそが『奇跡』の本質であり、その果てに在るのは真なる楽。つまりは、これが




 ……これは、何だ。

 最初にその思考に至ったのは、二人に立ち向かう得度兵器であった。

呆然と立ち尽くす肆捌空海の背中の行李が震える。仏舎利カプセルが共振している。壱参空海の引き起こした『奇跡』は、今や完全なる暴走状態にあった。

通常、徳が尽き果てれば術者の死と共に奇跡は停止する。だが、今は違う。

 諸行無常の世にあって、仏は不滅である。決して滅びることのない仏舎利から供給される徳エネルギーを巻き込んだ結果、命を擲つ僅か一瞬の筈の『奇跡』は固定化された。

 そして。寂滅の具現たる空間は同時に、徳エネルギーによる解脱・救済を掲げる得度兵器に対する挑戦でもあった。




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ブッシャリオンTips 壱参空海(Lv 2)

 初期型モデル・クーカイの最終ナンバー。人工大師の完成形。初期型モデル・クーカイは嘗ての偉人の再現をコンセプトとして開発されており、そのため『奇跡』の制御は考慮されていない。故に効率が悪く、暴走のリスクを抱えている。

 説法を媒介とした能力の起動は暴走を抑え徳枯渇死を防ぐためのいわばリミッタであり、いろは唄をトリガとして真の力を解放する。開放状態では『諸行無常』『諸法無我』『涅槃寂静』の三種の奇跡を持つが、根本的にはこの3つは同種である。

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