第30話「探しもの」

 ノイラは、暗い谷底で得度兵器……ガンジー達が行動不能に追い込んだタイプ・ミロクMk-Ⅱの残骸を漁る。

「これも三一聯合公司トリニティ・ユニオン製、純正部品か。勿体無い」

 タイプ・ブッダクラス得度兵器の解体となれば、重機が必要なところだ。しかし彼女の強化された肉体は、たった一人でそれを十分可能とする。

 だからこそ誰にも断りを入れずに解体を行えるし、誰かに文句を言わせる気もない。尤も、この残骸を有効活用できる者など、この街には彼女を置いては存在しないだろうが。

「通信システムの一部が死んで、スタンドアロンになったのか。しかし中枢電脳は死んでいない。うーん、面白い壊れ方をしている」

 元は殆ど無傷だった様子だが、誰かの素人解体のせいで中枢部分以外は使い物にならない。彼女自身のパーツとして使える部分は大して無さそうだ。

 だが、中枢……つまりはメインコンピュータと徳ジェネレータが生きている。この得度兵器は何かを演算し続けているし、徳ジェネレータは動力を供給し続けている。

「何を考えているのやら」

 今すぐ叩き壊してしまうのは容易い。だが、得度兵器のボディと通信システムから切り離してさえしまえば、害は無いのも事実である。ノイラはちょっとした興味から、この電脳を放置することにした。それは、大罪人が蜘蛛を助けるのにも似た、さして理由もない行為であった。

 ……強いて言うなら。得度兵器の電脳から、徳ジェネレータの制御を司るモジュールを切り分けるのが面倒だったという理由も無いではないのだが。それは一先ず置くとしよう。

 ほんの些細な気紛れによって、タイプ・ミロクMk-Ⅱの電脳は何時果てるとも知れない演算を続ける。解脱に代わる人類の救済を求めて。


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「やぁ今晩……お邪魔だったようだね」

 ガンジーの膝で、静かに寝息を立てるガラシャを見たノイラの第一声がそれだった。

「……別に何も無ぇけどよ。何の用だ」

 ガラシャはあのやり取りの後、こてんとその場で眠り込んでしまった。疲れが限界に達したのだろう、とガンジーは思った。

 ガンジーは未だ、この得体の知れない女を警戒していた。人型の得度兵器かもしれない、とすら考えていた。

「冗談だよ。君達が壊した得度兵器から徳ジェネレータを取り出して、使えるようにする作業が終わったんでね。その報告と……後は、情報交換といったところかな」

「徳ジェネレータを……だと」

 ガンジーは耳を疑った。得度兵器から徳ジェネレータを取り出して、使えるようにした?僅か半日足らずの間に?

「……お前、何者なんだ」

「ノイラ・H・S。今はそれ以外の何者でもない」

「うさんくせぇ……」

 思わず本音が言葉に出る。この女が只者ではない事実だけが積み上がっていく。

「失礼だな。私はこう見えても、君達よりはだいぶ年上だぞ」

「じゃあ、幾つなんだ?」

「乙女の秘密だ」

「乙女って年じゃねぇだろ……」

 相変わらずの、どこかピントのずれた会話。得度兵器を破壊する戦闘力も、分解する知識も。まるで彼女にとっては当たり前のことのようだった。

 それが歪さを際立たせる。彼女がであるかの如き歪さを。だが、そこでガンジーの思考は一度途切れた。

「女性に年齢を聞いてはいけない。まして、歳の話でおちょくってはいけない。これは旧時代からのエチケットでな?」

 後ろに回り込まれている。身体が動かない。腕を押さえられている。

「やめろ!ちぎれる!物理的に腕がちぎれる!」

 万力のような力で、みしみしと腕に力が加わる。得度兵器を真っ二つに引き裂く腕でだ。膝の上のガラシャは、そんなことをお構いなしに寝息を立てている。

「わかったか?」

「わかった!わかった!」

「ならよし」

 腕の力が緩められる。ガンジーは嘗て無い命の危険を感じていた。

「ハァーっ……ハァ……付いてるよな?俺の腕、まだ肩に付いてるよな?」

 思わず腕を確かめるガンジー。

「安心するといい。卵を割る程度の力加減は出来る」

 悪びれないノイラ。

「それ力加減できてねぇんじゃねぇのででで!降参!降参だからやめろ!その関節はそっちには曲がらねぇから!」

 喧騒で目を覚ましたガラシャが、寝ぼけた顔でガンジーを見上げる。

「君のようなタイプの人間は、最初に身体に言い聞かせるのが一番だと知っているのでね。今後、私に失礼な言動をしないと誓うか?」

「はい」

 少なくとも、逆らう真似だけは絶対にしまいとガンジーは深く心に刻み込んだ。

「それより、会議に出なくていいのかよ」

「話し合うことも特に無いのでね」

「いや、でもあのデカブツの分け前とか色々あるだろ……」

「得度兵器の炉心を改造して、徳エネルギーが使えるようにはした。残りのパーツは代金代わりに頂く。後は知らん」

「そういうもんか」

「それ以外に、何がある?」

 ガンジーはノイラという人間……人間?の異質さに触れたような気がした。

 彼女は、一人で完結してしまっているのだ。徳という倫理観を歯牙にもかけていない。果て無く徳を積み上げる人間でも、徳に背を向け足掻く人間でもない。

 だからこそ浮世離れした異質さがあり、だからこそ……どこか、恐ろしいのだと。

「さて、本題に入るとしよう。私は探しものをしていてね」

「……奇遇だな、俺達もだ」

 情報交換、と彼女は最初に言っていた。

「こちらが先だな。ある人物を探している。知っていることがあれば、教えて貰おう。君達を助けたぶんの代金だ」

 ノイラは構わずに続ける。ガンジーは考える。あれほどの力と知識を持つ人間が、尚も探し求めるのは一体何なのかと。

「生死は不明だが、僅かでも知っていることがあれば教えて貰いたい。ここに写真がある」

 仮に目的が一致すれば、助け合うことすらできるかもしれない。だが、万が一敵対することになれば……その時は。

 ガンジーは何処か祈るような気持ちで、渡された写真に目を遣る。横から、目を覚ましたガラシャが覗き込む。

「……はげてる」

 禿げた頭。顔に刻まれた皺。その下に、本人のものと思しき署名。

「おい……こいつは」

「こいつなんて言うものじゃない。仮にも、元は私の恩師だ。名前は……」

「ラマ・ミラルパ」

 ガンジーは、そう口にした。それは、ガンジー達の旅の発端となった出来事。あの夜に解脱した、高僧の名前だった。

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