第29話「故郷へ」

「つまり、誤解であったと……」

「まぁ、概ねそうなりますな……」

「迷子の子供を保護してくださった恩人に、何ということを」

「こちらにも責任のあることです」

 得度兵器三体が村の入口で破壊された後。クーカイは、街の長老を名乗る人物の家で話し合いの席に着いていた。

 今回の出来事は、つまるところ双方の誤解が生んだすれ違いが発端であった。

 ガンジー達は得度兵器と寺、橋の破壊に街の人間達が怒ったと考え、街の人間達は二人がガラシャを攫ったと考えた。二人が得度兵器を破壊したのは止むを得ない事態であったし、それを解体せんと考えたのも彼等の街の窮状が故のこと。

 ガンジー達にとっては、余りに自分達に都合の良すぎる理屈であった。しかし、徳溢れる街の人間達はそれで納得した。

 幸い、今回の騒動で解脱者は出たものの死者は出なかったということもあるだろう。得度兵器の持出し禁止、爆破した橋の復旧への協力という形で概ね手打ちとなった。但し、寺への不法侵入については、目撃者が既に存在しないのをいいことにクーカイは慎重に伏せた。

 後始末の方向性は定まったが、議題は山積みである。この街の中心であった寺院と得度兵器は既に無く、街はこれから大きく在り方を変えねばならない。二人の闖入者に拘っている余裕など無いのだ。

 果たして、この街の人間達はこれから先も徳高く在り続けることが出来るのだろうか、とクーカイは考える。その答えは、この先自然と知れるだろう。

(しかし長丁場になりそうだ)

 交渉開始から既に数時間。未だ細部の詰めが残る。クーカイは相棒をこの場に連れて来なかった幸運を密かに喜んでいた。


--------

「……おめぇ、まだこの街から出てきたいとか思ってんのか?」

ガンジーが一人で横臥する来客用の家をガラシャが訪ねてきた時。彼は最初に、そう尋ねた。

「……うん」

 少女は、ほんの少しだけ自信無さ気に答える。

「うちのクーカイは留守だし、俺の答えは変わらねぇよ。出直しな」

「それでも、わたしは。生きてみたい……から」

 自分が何者なのか。そんなことを聞かれたのは、彼女にとって初めての経験だった。今までは、求められるままに生きてきた。流されるまま徳を積み、不安こそあれ、それを形にすることなく。

 だから自分の思うままに生きてみたいのだと、そう思っていた。しかし、

「……まるで、自分が死んでるみたいな言い草じゃねぇか」

 ガラシャは、ガンジーの言葉にはっとなった。

(……ああ、)

 周りの人間は、死んでいるのと同じだと思っていた。それでも、彼らはたとえ仮初めであっても己の信じるもののために生を積み重ねていたのだ。だから、彼らはあの時豹変した。

 なら、本当に空虚だったのはどちらだったのか。

(死んでいたのは、わたしの方だったんだ)

 少女は気付いた。

「わたしは、何がしたいの……」

 自分が空虚であることに。

「そうか。じゃあ、連れてけねぇな」

 少女の疑問には答えず、ガンジーは静かにガラシャをじっと見つめる。

「……だめなの?」

「自分探しに付き合うほど暇じゃねぇんだ。こっちは生活がかかってる」

 泣き出しそうな勢いのガラシャに、思わずガンジーは顔を背ける。相棒の交渉が終わるまで、騒動の発端となった少女のことを安請け合いする訳にも行かぬ事情もある。

 だがそれ以上に、ガンジーは彼女の内面が気掛かりだった。

「また来る」

「え……?」

 だから、その後の言葉をどうして口にしたのか、ガンジー自身ですらよくわからなかった。慰めのつもりなのか、約束を破ったことへの言い訳なのか。それとも、他の何かであるのか。

「どうせ交渉が上手く行きゃ、近いうちにこの里と俺たちの街は交易することになる。そうなりゃ、俺達は嫌でも行き来する羽目になるからな」

 ガンジーは顔を背けたまま、ガラシャの頭に手を載せた。

「そん時、何かやりてぇことがあるなら……」

「……うん」

 ガラシャはそれをゆっくりと払い除け、

「わたし、がんばるから」

 ガンジーの方へ身を寄せてそう言った。




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ブッシャリオンTips アフター徳カリプスの世界(食料編)

 徳カリプスによって都市圏は壊滅したものの、人口密度の低い地域の被害は少なかった。そのため、農場や食料プラント等は比較的手付かずで残されている。但しその多くは自動化されていたため、現在は得度兵器の管理下にある。

 生き残った人々は人力での農耕を余儀なくされた。長年の徳至上主義の結果、徳カリプス以前の段階で肉食は衰退し、牛馬の力を借りることすらままならなかったのである。しかし、実は食料問題は現在のところ然程深刻ではない。

 人口の絶対数が激減したため、備蓄食料に余裕が生まれたこと。そして、嘗ての生態系再生努力の結果、自然から得られる食料が想像を上回ったのだ。或いはこれも、嘗ての人類の徳が現在の人類を救っていると言えるだろう。

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