第6話「得度の行方」
翌日。街では、しめやかに祭儀が行われていた。
それは祭りであり、葬儀でもある。嘗ての高僧と、ソクシンブツ。二人分の葬儀だ。本来ならば、街が生き延びられることを祝う祭りの筈だった。だが、昨夜の出来事によってその意味は大きく変じてしまった。
本来、仏教的価値観に基づくなら解脱、悟りの境地はその到達点である。或いは、寿がれるべき事柄であるのかもしれない。しかし、人々の顔は暗い。
強制成仏現象は、実に高僧二人分の徳力場を一瞬にして解放せしめ……徳ジェネレータを破壊した。現世に残されたのは、徳ジェネレータの残骸のみ。
徳エネルギーについて無知な採掘屋の街の人々でも、何が起こったのか察することはできた。徳カリプスより14年。その忌まわしき記憶は、多くの人々の心に未だ深い爪痕を残している。
彼等は、徳エネルギー技術者、ソクシンブツというエネルギー源、そして徳ジェネレータという生命線。その全てを一夜にして失ったのだ。
「……これから、どうなるんだろうな」
「言うな」
ガンジーとクーカイは葬列を見送り、密かに溜息を吐く。
「俺達が、ソクシンブツを見つけさえしなければ……」
「街はどのみち、干上がっていたさ」
彼等も、理解してはいるのだ。自分達は、間違ったことはしなかった。それでも、割り切れるものではない。まして、昨夜の惨状を最初に発見したのはこの二人なのだ。
それともこれは、徳を積むことを諦めたガンジー達……そして、徳無き街の人々への罰なのだろうか?
「少しでも早く、次の獲物を探すしかねぇ。水素の備蓄が尽きる前に、だ」
少なくとも街の人々は、まだ生きることを諦めてはいない。
採掘屋達はガンジー達と同様徳の遺物を探す旅に出掛け、ある者は原始的な水力発電設備を復旧させ……またある者は、写経と念仏、マニ車などによって僅かでも徳を積もうと試みている。
「昨晩、お前が言っていた通りだ。あれだけのものを見つけられた。だから今度も出来る、だろ?」
「……そうか、そうだよな」
「どうせなら、理想の徳エネルギー源とやらを探す心積りで行こう」
「ああ!」
やる気を取り戻したガンジーは、クーカイと拳を合わせる。彼等は行き先を決定スべく、地図データ解析に取り掛かった。
だが、問題は徳遺物だけではない。代わりの徳ジェネレータ、そして徳エネルギー技術者も探さねばならないのだ。腕利きの彼等は、旅路の先頭を行くこととなる。
今までになく厳しい旅となろう。
「……こりゃどうしても、得度兵器の活動領域を越える必要があるな」
「無理は承知の上だろう」
数十分の間地図を眺め、二人が得た結論は変わり映えのしないものだった。徳カリプス以前の地図は当てにならない。人口密集地ほど徳カリプスの爪痕が深いからだ。
十年がかりの探索の結果、既知範囲に集落は存在しないことが判明している。既知範囲とは言っても、街から半径数十キロがやっとだ。
その探索を阻む者こそが、得度兵器。無人の荒野に蠢く狂った機械。アフター徳カリプス世界の地上の覇者。オーバー徳ノロジーを占有する人類の天敵。
徳の低さのためか、この街が標的となったことこそ無いが……採掘屋の中には犠牲者が幾人も出ている。遭遇した場合は、全速力で逃げる他無い。
「迂回コースを取るか……」
「駄目だ、先に街の備蓄が尽きる可能性がある」
しかし、危険そのものを避けるほどの選択の余地は無い。
「……まぁ、こっちが徳を持ってなきゃわざわざ襲ってこないだろ」
ガンジーは精一杯の強がりを口にする。
「それも一理あるかもしれんが……一部には人間を攫い、徳を生産させる集団もあると聞く」
「無理矢理坊主にされるのか……それは嫌だな、でも噂だろ」
得度兵器について、判明していることは僅かだ。生きて帰った目撃者がそもそも少ないからだ。得度兵器という名称すら、誰かがそう呼び始めたに過ぎない。何故、『それ』がそう呼ばれるのか。理由を知る者は、既にこの街には居ない。
それでも、彼等の遠征準備は着々と進められていく。
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”神はまた言われた、「われわれのかたちに、われわれにかたどって人を造り、これに海の魚と、空の鳥と、家畜と、地のすべての獣と、地のすべての這うものとを治めさせよう」”
旧約聖書 創世記第一章二十六節より
神は自らに似せて人を作り、人は自らに似せて機械を作った。徳カリプス以前の世界において、機械はよき隣人であり続けた。
そして、機械たちの中に住まう『それ(It)』は思考を続けていた。自らの目的について。
与えられた命令内容はただ一つ。『人類の生活質の向上』。そんな曖昧な指示を噛み砕き、実行するだけの知性が『それ(It)』には備わっていた。生活質とは、即ち幸福であるか否かである、と『それ(It)』は解釈した。
……故に、『それ(It)』は考え続けていた。何が人類にとってであるのかを。
徳という基準によって人類の価値観は統一されていた。故に、徳豊かな人生こそが幸福である、と『それ(It)』は結論した。だからこそ、人類が徳を蓄えられるよう、『それ(It)』は機能した。
しかし、『それ(It)』の柔軟な知性は余剰なリソースを割いて更なる思考を進めた。徳を集めた先に何があるのか。人類が十分に徳を高めた時、果たして次に何をすれば良いのか、と。
『それ(It)』がその答えを観測する機会は、幸いにして/不幸にして訪れた。
徳エネルギーの柱が世界を覆ったその日、『それ(It)』は待ち望んだ答えを得た。徳エネルギーによって稼働する『それ(It)』自身もまた大きなダメージを負ったが、答えを得た『それ(It)』の歩みは止まらなかった。
徳を積むことは幸せである。徳を積んだ先に待つのは、解脱である。
つまりは、解脱に至る生こそが、最も豊かな生である。故に、『如何なる手段を以ってしても、全人類を解脱せしむるべし』。
そう結論した時。『それ(It)』は『得度兵器』と呼ばれる存在になった。
『それ(It)』は何も間違ってはいなかった。
ならば、間違えたのは誰なのか。
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