第5話「強制成仏」

「……良し」

 深夜、ラマ・ミラルパ20世は人知れず徳ジェネレータの復旧に取り組んでいた。自身が徳エネルギーに精通する人間であることを隠すため、彼は人目につかぬこの時間帯に主に作業を行っているのである。

「『マニタービン』は問題なし、か」

 自身の産んだ、徳カリプスの一因たる忌まわしき技術。功徳を回転エネルギーへと変換する、言わば逆マニ車。一方で今それは、皮肉にも徳を持たぬ人々の命を繋いでいる。

「……いや」

 技術そのものに、善悪は無い。と老ミラルパは思い直す。観音菩薩めいて幾つもの顔を持つのが、技術というものの本質なのだろう。

「後は徳ジェネレータ本体を稼働させれば……」

 老人は傍らに安置されたソクシンブツを見やる。骨と皮ばかりになったその顔に、表情は無い。だが……このソクシンブツもまた、信ずる宗派は違えど衆生救済を願いながら入定していったことは間違いない筈だ。

「有り難く、使わせて貰う」

 そう呟き、ラマ・ミラルパ20世は徳ジェネレータの中へソクシンブツの搬入を開始する。徳ジェネレータの内部には、曼荼羅めいたシンプルな空間が広がっている。それは形而上と形而下とを繋ぐ場……即ち禅の思想に通じるところがあるためだ。

「試運転を……」

 内部点検を終了した高僧が、試運転プログラムを実行するためジェネレータの内部から出ようとした、その時。

「……馬鹿な!」

 徳ジェネレータの曼荼羅模様が突如光り始めたではないか。

「起動しているだと」

 徳ジェネレータが、起動している。

 それは高齢の徹夜作業によるミスか、或いは機械の故障によるものか定かではない。だが、事実としてジェネレータは起動していた。搬入扉が閉まり、ソクシンブツの表面がコロナめいた発光を纏う。

「ぐっ……」

 そして、老人……ラマ・ミラルパ20世もまた。功徳の抽出が始まったのだ。

 徳ジェネレータは、生身の人間から徳エネルギーを抽出することも想定した設計だ。故にその動作そのものに危険は無い。

「……不味い」

 だが問題なのは、今の徳ジェネレータが高僧二人の徳エネルギー抽出を一挙に行っているという事実。そして、それが『人々の役に立つ』、徳として還元されるという事実。

「このままでは……徳エネルギー密度が飽和し……」

 老人は、徳ジェネレータから脱出しようと藻掻く。だが慌てたことが災いし、転倒してしまう。内部の非常停止ボタンには、あと一歩手が届かない。

「あの時と……同じだ。『あの時』と」

 尚もあがく老人。輝きは強まり、徳エネルギー流量が臨界を超える。

「まだ……成仏するには、早すぎるというのに!」

 そして

 老人とソクシンブツの周囲に輝く蓮の花が咲き乱れ、立ち上る光の柱がジェネレータを突き破り、天へと伸びる。徳エネルギーの奔流が引き起こす、徳ジェネレータのオーバーロード。『強制成仏現象』。一定以上の徳を積んだ人間は、徳エネルギーと共にこの世の法則から解き放たれ、仏となる。


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「……あの、光は」

 ガンジーは路地裏で嘔吐しながら、光を見上げた。街外れから立ち上る虹色の光の柱。忘れもしない、両親と妹、家族を奪った光。徳カリプスの輝き。嘔吐した端から、更に吐き気が込み上げた。

「超高密度の、徳の光だ」

 クーカイが告げる。誰かが仏になろうとしている。誰が?それはあの老人の他に有り得まい。

 二人は駆け出す。光の柱の下へ。


 だが、その夜。チベットの高僧にして、徳エネルギー研究の権威、人類の至宝ラマ・ミラルパ20世は輪廻より解き放たれ、仏となった。

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