第26話 あの夜の真相

「フリッカ。実はな。あの夜、ハザマの診療所へ突入するのは本当は俺だったんだ」

「え……」

「つまりジョン・ドゥは俺の代わりに、奴に殺されたんだ」

「どうして……?」

 フリッカの質問にはゲオルクが答えた。

「我々PMCは、軍事請負人であって捜査官ではない。本来であればハザマを拘束するのはピートの役目だった。だが事前情報で、クロウ・ハザマが軍事経験者であることを知っていたジョンは、ピートの身を案じて自ら突入を志願した」

 ピートはただ黙ってそれを聞いている。

「それから事件当夜、九龍城のゴロツキどもを刺激しないため、銃器の使用に制限のあった我々は、チーム一番のナイフ使いであったジョンにすべてを託した。その決断をしたのは自分だ。ピートひとりが責めを負うことじゃない……」

「だから……さっきはあんなにも取り乱されていたんですね」

「笑ってくれ、お嬢さん。ピートの気持ちも知らずに、この一週間ずっとジョンの死を彼のせいにして自分は責任を逃れていたんだ」

「ゲオルク……」

 ピートはそっとゲオルクの肩に手を置いた。そしてゲオルクはその上に自分の手を重ね、きつく握り返した。

「そういうことだ、お嬢さん。我々は捜査に違法性を感じていないし、抵抗されたから然るべき処置を行ったまでだ。ジョンを殺害したハザマは、その後逃走を図ったが我々と接触。三発の銃弾を撃ち込んだが、こちらもプロだ。生け捕りにして移送中のワゴンの中で応急処置をした」

「それがジョン・ドゥ殺害事件、及びクロウ・ハザマ捕縛作戦のすべて――」

「そうだ」

 しばし沈黙が取調室を支配した。張り詰めた空気を察したのか、子猫が机の上に飛び乗りフリッカの頬を舐める。いつの間にか涙を流していたらしい。フリッカはヨレヨレの袖口で目元を拭った。

「ご、ごめんなさいっ。途中からなんか感動しちゃって」

「優しい気持ちのお嬢さんだ。なあピート」

 まるで娘を見る父親の表情でゲオルクがそう言うと、ピートは出来の悪い妹を持つ兄のような顔をした。

「まあポンコツですがね」

「だ、誰がポンコツですかっ」

「おまえだ、おまえ。ったく何もねえところで何度も転ぶわ、ちょっと目を離した隙に行方不明になるわ。空港内だけでどんだけ迷子になってんだよ!」

「し、仕方ないじゃないですかっ。海外初めてなんですものっ」

「そういうレベルの話じゃねえ!」

 まるで子犬のじゃれ合いのようだ。

 ジョン・ドゥのことを思えば、どれだけ幸せな光景だろう。

 だがいつまでもふざけている時間はないわけで。

「で?」

 ピートが短く切り返した。

「でって何がです?」

「まだ三つ目の話が残ってるだろう? やっぱポンコツじゃねえか」

「あ」

 そうだった、そうだった、と。

 フリッカは資料片手にズレた眼鏡をかけ直す。

「それでは三つ目の事件。クロウ・ハザマによる未成年略取の疑いについて」

「未成年ってのは『サクラ』のことか?」

 ピートに問いにフリッカは軽く首肯した。

「ご存知の通りクロウ・ハザマは、ハルフォード氏が単独で尋問を開始してからピートさんに発見されるまでの間に忽然といなくなっています。詳細はすべての関係者から事情聴取を済ませてからじゃないとなんとも言えませんが、少なくとも事件当夜に彼の姿を見た者はいません」

「まあな」

「それから香港からの出国データを調べましたが、該当する人物が出国ゲートを通った記録はありませんでした。連邦領では出国の管理を、メモリーチップのID照会で行っているため偽装することは不可能です。つまり――」

「ハザマはまだ香港にいる」

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