第25話 ジョン・ドゥ殺害事件

「お嬢さん。早速始めようか」

「あっ。はいっ! すみませんっ」

 フリッカは散らかした机上はそのままに、さらなる資料を取り出した。

 一方、唐揚げ戦争を勝ち抜いた子猫は、ドア側の壁に背を預けるピートの足元でゴロゴロとご満悦の様子である。

「えっと……まず今回の事件なんですがDD対策室が追っていた記憶データの違法流通とは別件で、クロウ・ハザマを三つの事件の容疑者として扱っています」

 フリッカは「まずは一つ目」と言いつつ人差し指を立てる。

「ロバート・ハルフォード氏への特殊傷害罪。これはもうおふたりともご存知ですので詳細は省きますが、ハリスンさんには二つ目の事件の参考人ということで来ていただきました」

「承知している」

「ではクロウ・ハザマによるジョン・ドゥ殺害事件について聞かせてください」

 ゲオルクは一度大きく息を吸い込み瞳を閉じた。

 そして深いため息をつくと、事件当時の様子を慎重に語り始めた。

「ジョン・ドゥは自分の部下だ。あの夜、ハルフォード氏の緊急な要請で九龍城へと潜入することになった我々は、現場責任者としてピートを迎え、五人のチームを編成した。彼はその内のひとりだった」

「ジョン・ドゥ(身元不明者)……偽名でしょうか?」

「そうだ。我が社は過去の経歴は一切問わない。ただ報酬に見合った仕事をこなせば身元を明かす義務などない。自分も彼の本名は知らない」

「なるほど」

 フリッカは手元の資料に視線を落とし、うんうんと頷いている。

「九龍城への潜入の目的は、捜査に非協力的だったハザマ容疑者を、法的拘束力が及ぶ場所まで連れ出すことにあったと司法省からは通達がありましたが――」

「その通りだ」

「これって違法捜査なんじゃ……」

 フリッカは鼻先までズリ落ちた眼鏡の隙間から、上目遣いにピートを見た。

 ピートは特に気にした様子もなく、

「無法地帯の九龍城じゃ何でもありだ。もしハザマの側に異議申し立てがあるってんなら、身の潔白を証明してからすりゃいいんだ」

 と言い放った。

「そんな乱暴な……それにそもそもなんで兵隊さんと一緒なんですか? 戦争するつもりでもないでしょうに」

「場合によっては戦争になるさ。大規模な密売組織は、大抵武装集団と手を組んでいるからな。行政執行機関の中でも麻薬取締局は、軍事と密接な関係にある。通常であれば専門の特殊部隊が随行するんだが、いかんせんDD対策室は新設で予算が出ない上に、局内でも村八分にされているから正規の部隊を回してもらえないんだ」

「はぁ」

「そこで見るに見かねた司法省のOBが、ゲオルクの会社を紹介してくれたってわけなんだが……」

「それもすでに過去の話だ。ハルフォード氏があの状態になった時点で、契約は解除されている。彼とは何度かぶつかったが、今となっては……な」

 ゲオルクは肩を落とし、物憂げに首を振った。

「じゃあピートさんが『教官』って呼ぶのは?」

「そのままの意味さ。ゲオルクの会社はコントラクター(軍事請負人)の他にインストラクターもやっている。彼は俺の軍事教練の先生なんだよ。親のコネで入った穀潰しの俺を、どうやら鍛え直すつもりだったらしいぜ、室長は」

「ピートさん、コネ入社だったんですか?」

「うるせえな。悪いかよ」

 ピートがヘイゼルの瞳を眇めると、

「べ、別にっ」

 フリッカは慌てて目をそらした。

 すると今度はゲオルクが、顎に手を当て無精ヒゲを擦りながら笑みをこぼす。

「お嬢さん。彼は実に出来の悪い生徒だったよ」

「ちょ、ゲオルク。そりゃないですよ!」

「へぇ~そうなんだ」

 フリッカは分厚いファイルで口元を隠すと、いやらしい目でピートを見た。

「ひとの話は聞かない、礼儀はなってない、すぐにトラブルを起こす。まったくとんでもないクズだと思ったが――今回の事件が色々と君を変えたようだな」

 ゲオルクの慈愛に満ちた表情は、しかしピートの胸に突き刺さる。

 彼は思いつめたように下を向く。

 そして、

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