Home.03


「さ、撮りますよ! 3・2・1・0!」


 ポンっという軽い音と共に小さなフラッシュがたかれ、小型の撮影機の中に映像が収まる。収められた映像は数秒で印刷され、リーゼたちに手渡された。


「うわー! ほんとに写ってるぜ! 俺の分もあるのか!?」

「二人とも、おめでとう!」

「ありがと、ビュー。みんなまだ大変なときなのに――」

「いいってことです。ほんとなら、もっと盛大にやるはずだったんですから」


 渡された写真の中でほほ笑むリーゼ、カタナ、カーヤ、サツキ。そしてリドル夫妻と作業員たち。

 クラン襲撃の後、カタナやリーゼに助けられたことを知ったバンカー・ビューイングは、うやむやになったユニオンズカップの優勝記念撮影をしようと、自身の撮影機を持って彼らに提案したのだ。


「それに、オールセルのみんなの顔をみればわかります。今回のことで、自分らがどれだけ恵まれた場所に住んでるかってことがわかったみたいで。ま、それでもショーバイショーバイは変わりませんけどね」


 二枚目の写真をカタナへと渡しながらバンカーがほほ笑む。

 いま彼らがいるのは崩壊した会場の裏手、レース用ガレージが設置されていた小高い丘の上。周囲を渡る心地よい潮風と、その風と戯れるような海鳥の鳴き声がどこからか届く。

 バンカー自身、なにか思うところはあったのだろう。彼の瞳は、明日への希望に満ちていた。


「俺のカジノ遊びも、たまにゃあ役に立つってな!」

「調子に乗るんじゃないよ! 結局リーゼがいなきゃモローに逃げられてたって話じゃないかい! カジノもつぶれたことだし、すぐにキリキリ働いてもらうからね!」

「あわわ……ブラック企業、社長は誰……って、俺だった!」


 二人のそのやりとりに、大きな笑い声が起こる。

 

 ――あの後、モローは自らユニオンへと出頭した。自分がクランとつながっていた事実を告げるために。オーナーを失ったカジノは閉鎖。モローの手がけていた商売は、その全てが頓挫することとなる――。


「けど、モローのことだ。きっとユニオンのやつらなんてどうにでも言いくるめて、すぐにもどってくるさ」

「リドル社長は、彼のことをずいぶん買っていましたよね?」

「――そりゃあな。カジノなんて抜きにしても、俺はあいつほどオールセルを調べ尽くした商人を他に知らねえ。やり方はまずったが、あいつの腕が確かなことは間違いねえさ」


 どこか遠い目でそう語るジークに、横からカーヤが笑みを向ける。ジークは言いながら何度もうなずき、自慢のアフロヘアーをかきあげた。


「――それでも、やっぱり私はあいつを許したりできない」


 納得いかないという表情を浮かべるリーゼ。


「アタシもそう思うね。ま、あいつのこれからはあいつとユニオンの問題さね。アタシらはアタシらのことで精一杯。頑張るしかないね」

「おっさんなら大丈夫。戻ってきたら、あのうまい魚といい寝場所、それに最高の場所を案内してもらわねーとな!」


 写真を受け取って上機嫌のカタナがくるくると飛び跳ねながらリーゼに笑みを向ける。あまりに脳天気なカタナの様子に毒気を抜かれ、リーゼはつられて笑みを浮かべた。


「カタナ! サツキのことなんだけど」

「ん?」


 意を決したように発せられるリーゼの声。カタナは不思議そうな表情で彼女のすぐ目の前に着地する。その後ろで、サツキが不安げな顔で二人の様子をみつめていた。


「ほら、覚えてる? サツキを預けられる人を探すって言ってたの」

「もちろん覚えてるぜ! サツキはどうしたいんだ?」


 うなずき、顔を横倒しにしてリーゼの後方に隠れるサツキを見るカタナ。

 サツキはどちらともとれるような表情でカーヤとリーゼの裾をきゅっと握った。


「実は、サツキちゃんさえよければアタシらが面倒みるって話してたんだけどねぇ」


 困ったように言うマリと、残念そうな顔を見せるジーク。リーゼをここまでのパイロットに育てた二人だ。預けたとして、何も心配することはないだろう。だが――。


「サツキは、私たちと一緒に居たいって――」

「僕としても、リドル夫妻にお願いした方がいいと話しはしたのですが――サツキさんの決意は固いようで……」

「――わたし、みんなと一緒にいろんなところに行ってみたい! いろんな人とお話しして、たくさんの人と友たちになりたい! お願い……お手伝いもするから!」


 はっきりと自分の思いを告げる彼女の声は、そこにどれだけの想いがこめられているのか容易に受け取ることができた。


「わかった! これからもよろしくな、サツキ!」

「そうですね。部屋はいくらでも空いてますから、ラピスⅦの準備は、僕が手配しておきます」


 二人の言葉に胸をなで下ろすサツキ。まだ十歳の彼女にしてみれば、いまの言葉は一大決心にも似た告白だったのだろう。サツキの肩に、リーゼとカーヤは優しく手を置いた。


「そ、それでね? サツキはこう言ってるんだけど――その、サツキはみんなとって言ってて、そのみんなの中には、たぶん私も入ってて――」


 突然、珍しく歯切れの悪い物言いをするリーゼ。彼女はうつむき気味にカタナに向かって話しかける。


「そういや、俺もリーゼに言いたいことがあったんだ!」


 そんなリーゼに対し、カタナはいつもと変わらぬ様子で歩み寄ると、彼女の片手を握って瞳をのぞき込み、屈託のない笑みを浮かべた。


「これからも一緒に行こうぜ! 家ならラピスⅦがあるってカーヤも言ってただろ?」

「え!? あ――そ、そう? うん。うん?」


 カタナに言おうとしていたことを先んじて言われたリーゼは、混乱したようにくるくると表情を変える。そして次に彼女の口から出た言葉は――。


「しょ、しょーがないわね! そこまで言うなら、私も一緒について行ってあげる!」

「やった!」


 その返事にカタナは大興奮。リーゼの手をしっかりと握ったまま緑光を展開し、二人で上空に飛んで行ってしまう。


「ちょ、ちょっと!? うわ、うわぁぁっ!?」

「ははは! 次はどこに行く? 絶対楽しいぜー!」


 一瞬で遠ざかる大地に涙目で慌てるリーゼと、満面の笑みで空を舞うカタナ。よほどうれしいのか、カタナの回転飛行はいつもの速度より明らかに速い。


「カタナさん、凄くうれしそう――」

「ああ見えて、相当な寂しがり屋ですから」


 うらやましそうに空を見つめるサツキに、カーヤは自身の解釈を述べた。


「ふふっ、あの子も素直じゃないねえ――」

「ま、これが若さってやつさ。まだまだ俺も負けてられねえな!」


 くるくると空を舞う二人――。

 いつしか笑顔となったリーゼと顔を見合わせ、両手を広げて青空を飛んで行くカタナ。


 そしてその二人の向こう側。一筋の飛行機雲が、どこまでも広がる空の中で一直線に伸びていた――。


  ◆     ◆     ◆


 両手にかかる金属製の錠。ユニオン戦闘艇の無機質なキャビンの中、連行されるクランの囚人たちに混ざって腰を下ろすモロー。彼はゆっくりとまぶたを閉じる。


 そこに広がるのは深い闇――。


 だがモローは、闇の中に光る輝きを見ていた。

 その輝きは、かつて彼が見ていたものより弱々しいが、それは確かに光っていた。


 ――突然、何かに気付いたように目を見開くモロー。彼はキャビンに設けられた小さな採光窓へと目を向ける。そこから見えるのは、青い海と青い空に囲まれた、緑が生い茂る美しいオールセルの島々――。


 それは、彼にとってかけがえのない故郷。彼が誰よりも知り尽くした、家のような土地――。


 しばらくその景色を見つめていたモローは、視線の先に何かをみとめ、わずかに笑みを浮かべる。そしてまた瞳を閉じて席に戻ると、一日も早くオールセルへと舞い戻り、新たなビジネスを始める算段を事細かに、そして楽しげに考え始めた。

 

 ――彼が視線の先で見たもの。


 それは、故郷を離れる彼を見送るように飛ぶ緑色の光。

 モローは一人、闇の中に光るその輝きをはっきりと見ていた――。




 ニンジャカタナ! Location#225.

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ニンジャカタナ! ここのえ九護 @Lueur

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