守護者.02

「――ギャハハ。クズ共が役に立ったな。これでオールセルのユニオンは壊滅。物流が止まれば、他の国でもユニオンをぶっつぶそうって動きも出てくるだろうぜ」


 崩壊した海上。ミストフロアは上空の戦闘艇群を見て笑った。


「んで、そっちはいつ終わりそうですかねぇ? 根暗様――?」


 覆い尽くす霧。その中で、激しい剣戟の音が止むこと無く繰り返される。

 深い沼のように、腰下の高さでたゆたう仄白い霧。薄く輝く緑光を纏ったカタナが眼前のエルフへと鋭い斬撃を繰り出す。ベリルは表情一つ変えずに斬撃をいなすと、霧で隠れた下方から痛烈な回し蹴りを見舞う。

 その蹴りをカタナは沈み込んで回避。ベリルは自身の回し蹴りの勢いでふわりと舞い上がると、回転の終わり際、下方のカタナめがけて連装クロスボウを斉射。12発のクォレルが一瞬で放射状に撃ち放たれ、カタナはそのうちの六本を神速の斬撃で弾き飛ばす。が――。


「っ――!」


 直撃から最も遠い一本がカタナの大腿部を掠める。ミドリムシの防御は反応しない。否、防御に回すミドリムシなど初めからいない。痛みに顔をしかめながらも、カタナはベリルの側面へと飛び込むようにして跳躍。狙うは後方のミストフロア――だが。


「――どこへ行く?」


 たゆたう霧を一切乱さず、カタナの眼前に現れるベリル。いまのカタナはミドリムシによる身体強化が行えない。だが、それでもカタナの戦闘速度、身体能力はおよそ人間の限界を超えている。にもかかわらず、ベリルは難なくカタナの動きを見切ってみせる。


「どけえええ!」


 行く手を阻むベリル。カタナは飛び込んだ勢いそのまま、逆手に持ったブレードで掠めるような切り上げ一閃。だがベリルはその攻撃を紙一重で回避――届かない。

 最小限の動きでカタナのブレードを回避したベリルは、側面を潜り抜けようとするカタナに強烈な足払い。間一髪、小幅な跳躍で足払いを躱したカタナ。その首元めがけ、ベリルは右手の短刀をえぐるように繰り出す。

 そこから続く、嵐のようなベリルの連撃。カタナは一度距離を取るべく片手を地面について回転跳躍。短刀での刺突を躱されたベリルは、カタナの跳躍にすかさずクォレルをリロード。カセット型に組まれた矢弾を一瞬ではめ込む。その所用時間、一秒以下。

 着地と同時にカタナは後方へとバク転回避。三度目の回転で上方へと跳ね飛ぶと、崩落した会場の壁面を足場に二度鋭角なフェイント。ベリルの頭上後方に一瞬で回り込み、大上段からの回転斬り。例えベリルが受けたとしても、短刀もろとも破壊するであろう威力。だが――。


「――ぐぎっ――!」

「無駄だ。俺に虚構は通じない」


 カタナのブレードが、ベリルに届く寸前で止まる。その根元。ブレードを持つカタナの腕が、背後を僅かに振り向いたベリルの手によってピタリと受け止められている。それだけではない。カタナの腹部に深々とめり込んでいるのは、ベリルの右足――。

 空中から高速で迫るカタナの斬撃に、ベリルは振り向きもせずに痛烈なカウンターを合わせていた。まるで、斬撃のタイミングも、やってくる方向も全て事前に理解していかのように――。


「くっ、そ――!」


 空中で痛打され、捕まれたカタナ。ベリルは振り向き、流れるようにクロスボウをカタナめがけて撃ち抜く。眼前に迫るクォレル。眉間を狙った一撃をカタナは最小限の動きで躱すと、そのまま全体重をかけてベリルの腕を捻りにかかる。が、ベリルはそれすらも読み切る。

 カタナの仕掛けた体重移動に逆らわずに同方向へと側宙。規格外の膂力で空中のカタナを会場の地面へと叩き付けると、掴んだ左手を支点に引き起こし、反対側の地面へと叩き付ける。カタナはインパクトと同時に体を屈め、受け身を取って威力を殺すと、ベリルに捕まれた左手を限界まで捻り込んで垂直回転。ベリルの頭部に斬撃のような蹴りを繰り出す。ここでベリルは無理をしない。

 掴んでいた左腕をあっさり手放すと、未だ空中にあるカタナの脇腹めがけ痛烈な半円蹴りを叩き込む。カタナはその攻撃に反応はしたものの、空中故に威力を殺しきれない。鉄柱すら容易にひしゃげさせるであろうその蹴りの威力に、カタナはゴムボールのようにはね飛ばされ、観客席の壁面へと叩き付けられる。


「カタナさんっ!」

「――くそっ!強え!」


 霧と混ざりあった粉塵の向こう、両手を地につき、激しく咳き込んで苦痛に顔をゆがめるカタナの周囲。弱々しい緑光がまるでカタナを心配するように灯る。その光景に、オルガの悲痛な叫びが木霊した。


「オルガ様! 動いては駄目です!」

「でも、このままではあの方まで――!」


 床に倒れ伏した二人の治療を行うブリッツ。彼は思わず立ち上がったオルガを制する。見れば、彼ら四人の体は薄らと緑光の輝きを放っている。

 緑光は、彼らの周囲を漂う霧と拮抗するように明滅――霧がオルガやブリッツに触れるのを必死に防いでいた。


 ――いまこの会場を緩やかに覆うミストフロアの霧。その正体は、触れるだけで人体に重大なダメージを与える、三次元上には存在し得ない多次元の粒子。

 ミストフロアは、様々な物理法則渦巻く多次元に存在する気体を、彼らが存在する三次元上に呼び出すことが出来る。

 ミストフロアはそれらの気体の配分を緻密に計算し、生成することで、およそ万能とも言える対応力と、広範な効果領域を構築することが出来る。そして――その恐るべき霧から守られているのは彼ら四人だけではない。この会場に取り残された、未だ生ある全ての観客達。彼らもまた、カタナの緑光によって守られていた。


「結局、ベリルの言う通りかよ。テメーでテメーの首締めてやがる。そんなにいい子いい子されてえか? ア?」

「……なぜ他者を気にかける? お前が倒れれば、結局は同じ事だぞ」


 霧の海の中、ベリルはカタナへとクロスボウの先端を向ける。

 会場から逃げ遅れた観客達を殺さぬよう、ミストフロアに指示したのはベリルだ。食堂での邂逅――。そしてレース中の言動や行動から、ベリルはカタナが彼らを決して見捨てぬだろうと踏んだ。クランにとって、観客達の命など本来であればどうでもいいこと。だが、ベリルはあえて彼らを生かすことで、カタナの持つ未知の力への保険としていた。


「うるせえ! 誰かが死んだら寂しいだろうが!」


 よろける足を片手で支え、カタナが立つ。ただでさえ少なかったカタナのミドリムシは、その殆どを霧への対応に振り分けられ、カタナの肉体を強化・回復することも、ベリルのクォレルや打撃を防ぐことも不可能――当然、次元跳躍など出来るはずも無かった。


「そりゃ同感だ。俺もナ。予定なんざ三日先までビッシリよ。んで、いま俺様の予定を邪魔してんのはオメーってわけ。ワカル?」

「――俺達は皆、ユニオンによって未来の予定を狂わされた者達だ。俺達はユニオンにその代償を払わせる。たとえ、民間人を犠牲にしようとも、だ」


 一歩、また一歩と――カタナに向かい、ベリルが迫る。カタナは痛みに顔を歪め、それでも尚、その蒼い瞳でベリルとミストフロアを見据えた。


「知るか! そっちは殺す、俺は守る! そんだけだ!」


 カタナの叫びが崩落した会場に響く――。

 それは、追い詰められたカタナの虚勢? 否、カタナは待っていた。ベリルがミストフロアの側から十分に離れる、この瞬間を――。

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