エントリー.02

『さぁーー! ナンバー39! 初出場のルーキーの入場が終わったところで、ついに皆さんお待ちかねぇ! 大本命の登場だぁっ!』


 木製の翼を備えた、手作り感溢れる機体がゆっくりと会場内に侵入を完了する。

 これにより、39機もの大小様々な飛空挺が会場内で悠然と滞空。観客の熱気は最高潮に達し、レースの開始をいまかいまかと待ちわびている。


『あの美しいインメルマンターン! そして、驚異のディメンションシザース! そうだ! 初優勝は13歳! そこからの二年連続優勝――! 文句なし! 現ユニオン最強・最速の飛空挺乗り! 伝説のチャンピオンが帰ってきた! ナンバー40! 狂乱の姫騎士! アンネリーゼ・ロッテだああああああ!』


 一際熱の籠もったバンカーのエントリーコール。

 それと同時に抜けるような青空から、深紅の飛空挺が真っ逆さまに会場めがけて突っ込んでくる。それに気付いた観客達は、その姿を一目見ようと一斉に席から立ち上がり、上空を指さした。


 高速で会場内に侵入したその機体は、観客席直上で三度スラスターを逆噴射。まるで空を舞う木の葉のように大きく左右にぶれた後、観客達のすぐ目の前で、位置エネルギーを利用した大きな宙返りを見せ、滑るように会場内に侵入――。

 完璧に制御された、完璧な飛行機動だ。


 そしてその深紅の機体――クリムゾンアップルの見せたパフォーマンスに、会場を埋め尽くす観客だけでなく、オールセル中から大歓声が上がった。


「やっほー! みんな、久しぶり! 今年も私が優勝するから、応援よろしくね!」


 キャップを取り去り、その赤髪をなびかせたリーゼが大歓声に応える。 


『今回は初めてナビを連れての参戦だ! この判断が吉と出るか凶と出るかっ!? いまの動きを見る限り、チャンピオンの壁はブ厚そうだぞぉっ!?』


  ◆     ◆     ◆


「わあ! 見てカーヤくん! 二人が乗ってる! がんばってー!」

「やれやれ――何事もなく終わればいいんですけど……」


 その光景を観客席から見守るサツキとカーヤ。

 サツキはこのコロニーに来た際に着ていたあり合わせのワンピースから、マリやリーゼに選んで貰った、外出用の可愛らしいブラウスにケープ。

 そして白いキャペリンという出で立ちだ。


 その小さな手をいっぱいに振り、必死に声援を送るサツキの横。

 カーヤは乾いた笑いと共に黄色い旗を小さく振ると、難しい表情で深紅の機体に乗る二人へと視線を送った――。


  ◆     ◆     ◆


「俺もがんばるぜー!」


 リーゼと共に後部座席で無邪気に手を振るカタナ。

 観客達の興味は、一貫して孤高のチャンピオンとして君臨していたリーゼが、初めて自身の相棒として選んだこの少年に対しても注がれていた。

 否。観客達だけではない。

 彼らと同様、レースに出場するパイロット達の中にも、カタナに対して興味を抱く者が――。


「よくぞ逃げ出さず、我が前に現れた! アンネリーゼよ!」


 観客席に向かって手を振るリーゼ達の上に、黒い影が覆い被さる。それと同時に、クリムゾンアップルに向かって、高笑いと共に無数の赤い薔薇の花が降り注いだ。


「なんだこれ!?」

「ば、薔薇の花?」

「フフン……どうした? このラジャン・シンの顔を見忘れたとは言わせんぞ。私はお前を倒すため、この一年で500機以上のギルド艦を叩き落としてきたのだ! 見よ! この栄光の証を!」


 二人の上空に現れたのは、ユニオンの撃墜王ラジャン・シンである。

 彼はこれ見よがしに胸に輝く勲章をリーゼに向かって見せつけると、どうだと言わんばかりの誇らしげな表情を浮かべた――。

 ちなみに、薔薇を落としているのは後部座席に座る彼のナビだ。

 女性のようだが、目元を覆う電子ゴーグルでその表情は窺い知れない。ただ無言で薔薇をかごから投下するのみである。


「リーゼの知り合いなのか?」 

「……記憶にないわね……ごめんなさい! あなた、誰だっけ?」


 リーゼは首をかしげると、上空のラジャンに向かってあっけらかんと尋ねる。


「な――なんだと!? この私を――ユニオンの撃墜王、ラジャン・シンを覚えていないというのか!? きょ、去年もこうして薔薇を贈っ……いや、落としながら登場したというのに!?」

「そういえば、そんな人いたような……?」


 愕然とするラジャン。

 だが、リーゼは本当に忘れていたのか、降り注ぐ薔薇を少し邪魔そうに振り払うと、眉間に人差し指を当てて、思い出すように言った。

 そして、リーゼのその態度を侮辱と受け取ったのか、激高したラジャンは、なぜかその怒りの矛先を後部座席に座るカタナへと向けた。


「お、おのれぇ……! 貴様、名はなんという!? 貴様がアンネリーゼをたぶらかし、彼女の中から私との輝かしい記憶を抹消したのだろう!? 名を名乗れ!」

「俺かよ!? お、俺はカタナだ! よろしくな!」


 自らに向けられる意味不明のラジャンの怒り。

 だがカタナはまっすぐにラジャンを見据え、拳を突き出して応じた。


「フン……生意気にも臆さんか! いいだろう。今日のレース、勝った方がアンネリーゼの人生をナビする権利を得る! どうだ、勝負せよ! カタナ!」

「――よくわかんねえけど、勝負なら受けて立つぜ! 面白くなってきやがった!」

「うーん……確かに薔薇が降ってきたのは覚えてるんだけど――」


 いつのまにやら自分の人生を賭けた勝負が勃発しているとはつゆ知らず、リーゼはうんうんと、ラジャンについての記憶を思い出そうと必死に唸っているのであった――。


  ◆     ◆     ◆


『さぁさぁさぁ! レースの出場する命知らず共は、全員スタートに地点に向かってくれぇっ! そしてそしてぇ! レースが始まるまでに、ユニオンズカップを彩る、スペシャルゲストの紹介だぁ!』


 40機の飛空挺が次々と会場上空へと飛び去っていく。その光景の中、バンカーの宣言に、観客達は再び大きな盛り上がりを見せる。

 明らかに先程までとは毛色の違う観客達が、色とりどりに輝くスティックや、女性のイラストの描かれた旗を手に一斉に総立ちとなる。


『アッハッハー! もう待ちきれないやつらも居るみたいだなぁ!? よーしよしよし! それなら早速ご登場頂こう! 我らがユニオンの誇る究極のシンボル! 七人の使徒にして、俺達みんなのアルティメェェェットアイドル! オルガ様ァァァ!』


 バンカーのコールが会場に響き渡る。それと同時に巻き起こった地鳴りのような大歓声に、巨大な会場は為す術もなく鳴動した。

 会場の入場口を囲むように白煙が焚かれ、打ち上げ花火が無数に打ち上げられる。そして、その向こうから落ち着いた足取りで、会場中央のステージに歩み寄る一人の女性――。


 美しく、艶やかな黒髪。この世の黄金比率を正確になぞらえたような、均整のとれたスタイル。その美しい横顔に浮かぶ笑顔は、彫刻や絵画のような作られたものではなく、人としての温かさと優しさ、親しみやすさを感じさせる、慈愛に満ちた笑顔。

 美しい青色のドレスに身を包んだその女性――ユニオン第七使徒・最愛のオルガは、司会席で出迎えたバンカーにもにっこりと笑みを向けると、観客席の全ての方角に向かって丁寧に手を振り、地鳴りのような大歓声に応えた。


『――皆さん、初めまして! オルガと言います。今日、初めてこのコロニーにやってきた私を、こんなにも暖かく迎えて頂き、ありがとうございます!』


 バンカーから渡されたマイク越しに、聞き取りやすく、若干の幼さを感じさせる声が会場を満たした。あれほどの歓声に包まれていた会場の観客達も、一度オルガが口を開けば、その声を聞き逃すまいと、スッと静かになる。そして、オルガの話が区切られるたびに、巻き起こる大歓声。その繰り返しだ。


『この歴史あるユニオンズカップにお招き頂いたこと――私、すごく嬉しいです!あの大空を、どこまでも自由に飛んでいけるなんて――パイロットの皆さんは、本当に素敵だと思います! 今日は、そんな憧れの気持ちを胸に、最後まで皆さんと一緒に楽しみます!』


「「「「ワオオオオオ!オルガ様ーーーー!」」」」


 まるで暖かな日差しのように輝く、オルガ満面の笑み。それはこの日一番の大歓声をオールセル全土に巻き起こした。


 オルガはバンカーの座る司会席と、斜めに向かい合うような形で座る。彼女の座った来賓席は特注となっており、通常の次元断層の他に、物理的な透過素材によって死角を遮られている。

 そして、彼女の左右には、ユニオンの上級士官――。

 恐らく、その全てが適応者であろう――。

 その数は四人。一人でも通常武装の一個中隊に匹敵すると言われる適応者。それが四人ともなれば、現在のオルガ周辺は、ユニオンの大戦力が守護しているに等しいと言えよう。


『さぁー! いよいよ第二十回! ユニオンズカァァァップ! かいっ! まぁぁぁくっ!』


 オールセル全土に鳴り響くバンカー・ビューイングの高らかな叫び声。


 その声を合図に、観客達は皆一斉にレースの開始地点を映し出すモニターへと、その視線を向けた――。

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