工業区.02

「なるほどなあ。それで割り切れるんなら、案外いいのかもな?」

「全然良くない! だって、さっきおじ様が言ってた男って、どう考えても適応者じゃない! 卑怯よ!」

「いやいや、全くもってその通り! そこで――だ。いよいよリーゼちゃんの出番ってわけさ!」

「まったく……調子のいいことばかり言う口だよ。でも、確かにこれで、モローの奴に一泡吹かせることができるかもしれないね」


 夫妻は顔を見合わせると、リーゼの所有物の置かれた一角から見て反対側。

 工場の奥――格納庫へと彼らを案内する。


「わぁ――!」


 その先に広がる光景に、サツキが感嘆の声を上げた。

 ずらりと並ぶ数十隻の高速艇。そのどれもが完璧に整備され、大空に羽ばたく時をいまかいまかと待っているようだ。

 そしてその一番奥。僅かに開けたスペース――そこには窓から差し込む日差しをその身に受けた、美しい流線型の深紅の高速艇が、静かに鎮座していた。


「すっげえ! こいつだけめちゃくちゃ速そうだぜ!」

「粒子型エンジン――民間用。いえ、これはレース用の機体ですね?」

「俺達の言いたいこと、これでわかってくれたか?」


 ジークはリーゼへと視線を向ける。リーゼはゆっくりとその機体に歩み寄ると、そっと、深紅のボディに手を添えた。


「クリムゾンアップル――じゃあ、モローもレースに出るのね?」

「もちろん、モロー本人じゃないけどね。あいつが出資してるチームが出てくることになってる。それに、リーゼだってヒンメルが壊れたってなら、金が必要だろう?」


 そう言って、こんこんと深紅の機体をノックするマリ。


「なんでリーゼとレースが関係あるんだよ?」

「……この子はね。フェスの最終日に開催されるエアレース、ユニオンズカップで二年連続優勝したチャンピオンなのさ。間違いなく、世界最高のパイロットの一人……この歳で本当に大したもんだよ」


 マリはそう言うと、リーゼの肩をポンと叩く。


「ユニオンズカップには、ユニオン艦隊のトップエースも参加すると聞いたことがあります。そこで優勝するなんて――」

「すごい……!」

「リーゼってチャンピオンだったのか!?」


 キラキラとした目でリーゼを見つめるカーヤとサツキ。そしてカタナ。

 その視線に少し困ったような笑みを浮かべたリーゼだったが、確かにマリの言うとおり、貯金全てをはたいてもヒンメル修復には心もとないのも事実である。


「正直、今年はリドル・マイスターとしての出場は断念するつもりだったんだ。だけど、リーゼちゃんが帰ってきたとなれば話は別! 出場どころか、優勝だって間違いねえ!」


 ジークはぐっと拳を握り、ボリュームのあるアフロヘアを撫で上げながら力説する。どうやら、リーゼが負けるなどとは露ほども思っていないようだ。


 深紅の機体――。

 共に激戦を潜り抜けた愛機――クリムゾンアップルをじっと見つめるリーゼ。


 彼女に迷いは無い。


 優勝賞金もそうだが、自分がいない間、大切な研究データや資材を預かってくれていた夫妻への恩。そして何よりも、煮えたぎるモローへの怒りを正式な場で晴らすことができる――彼女の答えは最初から決まっていた。


「わかったわ! おば様、おじ様。今年も、この子には私が乗る!」


 リーゼは強い決意の篭った瞳で、リドル夫妻に頷くのであった――。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る