Chapter 2
クラン
目に入るもの全てが金で埋め尽くされたホール。
黄金もさることながら、現在では貴重資材となった木材をふんだんに使用した内装に、一面に敷き詰められた真っ赤なカーペットが入場者の興奮を否応なく盛り上げる。
――ここは、モローズホテル&カジノ。
それまで娯楽の少なかった225番コロニー工業区に突如として現れた、大型カジノホテルである。
黄金のエントランスを抜けると、高い天井を備えたホールへと入る。
そこでは無数のスロットマシンが並び、優雅に行き交うタキシードやドレス姿の紳士淑女がグラスを片手に談笑している。
昼間だというのにお客の入りは盛況。運営が順調であることは一目瞭然であった。
◆ ◆ ◆
「いいから! さっさとモローに会わせなさい!」
「そうは言われましても……支配人は現在多忙でして……」
カジノのエントランスにリーゼの声が響く。
視線を向けたエントランスの婦人達が、眉をひそめて小声で話し始める。
リーゼ達の目の前に立つ大柄な黒服の男。
カジノスタッフの一人であるその男は、困り果てた顔で彼女をなだめている。
「大体何よこの悪趣味な建物は!? なんの権利があってモローがこんなのを建てられるっていうの?」
「お、お言葉ですが、支配人は正当な権利の元、このカジノを――」
リーゼは先程から支配人であるブルマン・モローを出せと詰め寄っている。
だがスタッフは同じ返答を繰り返すばかりで、一向に埒が明かない状態だ。
この工業区を拠点に、瞬く間に成り上がった成金の星。それがブルマン・モロー。このホテルの支配人だ。だが、彼の横柄な態度や高慢な物言いを嫌う者は数多く。以前リーゼが彼と直に話した際の印象も、とてもではないが良いものではなかった。
「――こいつじゃ話にならないわ! こうなったら――カタナ!」
「ここで俺かよ!?」
リーゼはもういいとばかりに背後を振ると、欠伸をかみ殺していたカタナの鼻先に人差し指を突きつける。
「さっき言ってた私の手伝いよ! ヒンメルを運ぶのはいいから、あなたのミドリムシでいますぐここを更地にしなさい!」
「んなことするわけねえだろ……常識的に考えて……」
普段の行いに反し、至極真っ当な答えを返すカタナ。
「カタナに常識とか言われたら、僕なら立ち直れませんね……」
「リーゼ、凄く怒ってる……」
正に怒り心頭といった体のリーゼに、カタナと同様二人もドン引きである。
リーゼにとって、自らの住処が理不尽に――それも、考え得る中で最悪の相手に奪われたという事実は、到底納得できるものではないのだろう。
「じゃあどうすればいいのよ!?」
「落ち着けって! ほら、さっきもらった飴やるよ!」
「いらないわよ!」
困り果てる一同。
そもそもリーゼの家には寝食の場所という以上に、彼女の研究の成果や記録を保管するデータサーバーとしての意味合いが大きい。それが失われたとなれば、彼女のいままでの努力の大半は水の泡になってしまう。とはいえ、このカジノを消し飛ばしたとして、それらが元に戻るというわけでもないわけだが――。
「でも、これじゃあ僕達の行く当ても――」
だが、まさにその時――ぎゃあぎゃあとエントランスで騒ぐ彼らに、かけられた声があった。
「おお! 聞き覚えのある声だと思ったら! リーゼちゃんじゃないか!」
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