Chapter 10
極光
(カタナ……?)
リーゼは、そう口を開いた筈だった。先程まで気勢をあげていた老人達の姿も、いまの彼女の目には入らない。ヒンメルのコクピット内――。
彼女にとって、この地上のどこよりも安全である筈の場所。だが、リーゼは突如全身を襲った恐怖に身が竦み、動くことが出来なかった。
― Warnung! Es Bricht Im Dimensionalen Territorium Ausb ―
ヒンメル内部の各センサーが、周辺領域に重なりあった多次元の極度湾曲現象を警告する。この領域に起こる異常を、ヒンメルがリーゼに伝えようとしている。
「――初めまして。93番コロニーの皆さん。そして、ニンジャ――カタナさん」
その男はいつからそこにいた?
腰ほどもある美しい金髪と、豪奢な長衣を身に纏い、二人の銀髪の少年と少女を付き従えたその男は、穏やかな笑みを浮かべて挨拶をする。
「私は、ユニオンの第一使徒。極光のメダリオン。このコロニーの技術の賜物たる神子を、保護するためにやってきました」
メダリオンの細められた瞼から、金色の双眸が僅かに覗く。
(使徒――!?)
その名乗りに、リーゼは戦慄する。ユニオンの第一使徒と言えば、七人の使徒の中でも盟父に次ぐ力を持つと言われるユニオンの最高戦力だ。そんな化物が、いま目の前に立つこの男だというのだろうか?
(本当に、同じ人間なの……? どうして、こんなに怖いの?)
ヒンメルの操縦桿を握る手がカタカタと震える。 カタナと同じ、超越者の筈なのに――メダリオンの発する力と感覚に、リーゼは恐怖しか感じることが出来なかった。
リーゼは思わず、助けを求めるようにカタナの映るモニターを見やる。カタナは折り畳まれたままのブレードを逆手に構えて動かない。その漆黒のブレードには、緑光のラインが奔る。
「……私が93番コロニーの技術主任、アマネよ。神子を保護するって、どういう意味かしら?ここにはユニオンに縁のある人なんて、一人もいないのだけれど?」
ヒンメルの足元、アマネがメダリオンに問う。失われて久しいアマネの肉体。だからだろうか。メダリオンの威圧にも、彼女はひるまずに立ち塞がる。だが――。
「それはおかしいですね――?」
「――っ」
僅かに覗くメダリオンの双眸に、極光の光が灯る。その瞳を見たアマネの背筋が凍る。すでに彼女の生身は存在しない。いかな超越者といえども、このコロニーの中枢システムを破壊でもしない限り、いまのアマネに危害を加えることは出来ない。
だが、それでも尚、アマネはメダリオンのその瞳に恐怖した。
「いるのでしょう?私や、艦隊を阻んだ時空間制御――神の領域に干渉できる、子供が」
メダリオンの周辺領域が歪み、その姿が消える。次元跳躍――。
だが次の瞬間。響いたのは甲高い激突音。周囲の緊張が一斉に緩む。メダリオンの威圧は、眼前の敵対者へと集中する。
『カタナ!?』
我に返ったリーゼが見たもの――。
それは、アマネの眼前で踏みとどまり、極光と対峙するカタナの姿だった。
「させねえ!」
「――少し近くでお話をしようとしただけだったのですが。やはり、ニンジャである貴方には、平和的交渉というものは土台無理な話でしたか?」
激しい火花と共に緑光の粒子が弾ける。同時に、メダリオンから極光の放射が起こり、激しく二つの光がせめぎ合う。周囲を囲み、リーゼと同じく恐怖に身が竦んでいた老人達が方方の体で逃げすさっていく。カタナのブレードを持つ手が震え、その額から大粒の汗が流れ落ちた。
「はっ、この嘘つき野郎! ふざけたこと言ってんじゃねえ!」
自身の緑光など簡単に消し飛ばされてしまいそうな、圧倒的な極光の放射圧に踏みとどまりながら、カタナが叫ぶ。
「リーゼ! アマネ!」
「カタナ!」
自身をへと呼びかけられたその声に、リーゼはコクピットの中で身を乗り出す。
無理だ――。
カタナが何をしようと、こんな恐ろしい化物に勝てるわけがない。その上、カタナは万全ではないのに――。
カタナの周囲に緑光が迸る――跳ぶつもりだ。リーゼはすぐに悟る。
駄目だ。行かせたら、ここで行かせたら、絶対に殺されてしまう――!
リーゼの脳裏に、一瞬にしていくつもの思考が流れる。だが、彼女はそれらの想いを、一つとしてカタナに伝えることが出来なかった。
『駄目! 行っちゃ駄目! さっきの約束は――』
「――サツキを頼んだぜ!」
リーゼは叫んだ。それが精一杯だった。次の瞬間、カタナの姿はメダリオンや銀髪の侍従達とともに、その場から掻き消えた。彼らが居た場所には、僅かな緑光と極光の光の残滓だけが残った――。
『――待って! 待ってよ! カタナ!』
リーゼは必死にカタナと繋がっている筈の通信機器に向かって叫ぶ。だが、彼女がいくら叫んでもカタナからの返事はなかった。
「落ち着いてリーゼさん! カタナは大丈夫。私の時も、こんな状況であの子は戻ってきたわ――だから、きっと大丈夫」
「アマネ、博士――」
リーゼの耳にアマネの声が届く。その声は優しく、まるで自身の娘をなだめるような、そんな声だった。
「……急ぎましょうリーゼさん。カタナはさっきなんて言ってた? あの子は、貴方のことを信じて任せたのよ」
「私を、信じて……」
そうだ。カタナは任せろと言い、任せると言った。なら、いま自分がやることなんて、一つしかない。集中――リーゼは目を閉じて深く呼吸する。こんなに取り乱すなんて、らしくなかった。
『博士……すみませんでした。もう大丈夫です。案内、よろしくお願いします』
「ううん。貴方の気持ちはよくわかるわ。でもいまは……カタナを信じましょう」
ヒンメル底部のダッシュローラーが起動し、背面のスラスターも点火。ヒンメルは一気にコロニー中央の大通りを加速。走行時におけるほぼ最高速で、サツキの元へと向かった。
(カタナ……カタナは、超越者なんでしょ?怖いニンジャを、みんな倒したんでしょ?なら、きっと大丈夫よね――?)
リーゼは願い、ヒンメルの操縦桿を強く握りしめていた――。
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