第105話 至蛇

「なあ、やっぱり代わらないか?」


心地悪そうにクララが言った。


首に巻いたバンダナとカウボーイシャツにベスト、ウェスタンブーツ。


カウボーイハットからは黒く染めた髪がはみ出している。


広告に出ていたハンターのイラストそのもので、彼を知っている人物でなければ偽物だとはわからないだろう。


海を渡ってきたばかりの男にそれほど知人がいるとも思えない。


それにこれだけ目立つ格好は巴里広しといえど彼だけなのだから、それだけで疑う者もいなかった。


「だめよ、みんなで決めたんだから」


そもそもエマとラファエルでは小柄すぎたし、威厳も足らなかった。


他に選択の余地はない。


バンダナをつまんでクララは顔をしかめる。


「恥ずかしいにもほどがあるって、この格好」


「そう?

 とってもお似合いよ」


エマの皮肉にクララが青筋を立てた。


「てめえこそ、葬式みたいな格好しやがって。

 辛気くさい顔にはお似合いだ」


「まあまあ」


ラファエルが苦笑しながらあいだを取り持つ。


クララとエマはいつもこんな感じですぐ言い争いをはじめる。




「すんません、どなたかぁ」


誰かが扉をどんどんと叩いた。


三人は顔を見合わせ、クララが咳払いをひとつして、低い声色で返事をする。


「どうぞ」


扉を開けたのは、野良着を着た老人だった。


「あんたが半獣人ハンターのジョーですかい?」


机にブーツを投げ出して座るクララを見て男は頭を下げた。


エマは控え室に姿を消し、ラファエルは男の外套を預かり、中央の応接椅子に座らせた。


ここではラファエルは従者だ。


「ご用件を聞きましょうか?」


「おらの村に半獣人が出た」


「ほう、どんな」


クララが身を乗り出す。


エマが花の蜜から採った紅茶をもってきた。


彼女の最近のお気に入りだが、はっきり言ってまずい。


男は一息にその茶を飲み込み、そして勢いよく吐き出した。


「げほっ、げほっ。まっず!

 しょ、正体はわからん。

 襲われたもんは高熱を出してやがて死んじまう。

 うなされてばかりで状況がはっきりせん。

 でも森で蛇みたいな女を見た者がいて、そいつが噛んだって話じゃ。

 しかしこの茶……舌が痺れるほどマズい」


「蛇……」


エマが考え込む。


「興味深い。

 もっと話を聞かせてもらおうか」


クララはにやりと笑った。

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