プティ・フィン

第104話 プティ・フィン

およそ一月が過ぎて。



冬の巴里にしては珍しく今朝は澄んだ青空が広がっていた。


ラファエルは冷たい息を吐いた。


事務所の入り口に張り出していた


『臨時休業中』


の紙を剥ぎ取る。


夜霧で濡れた通りの石畳に太陽の光が反射した。


「よしっ……!」


ラファエルが感慨に浸っていると事務所からラファエルを呼ぶ声がした。


ラファエルが声のもとに近づくと、エマがポットを片手に立っていた。


彼女は黒いドレスに背中の羽を仕舞い、同じく黒いブーケで触覚と大きな黒目を隠している。


傍目からは半獣人(デパエワール)だとは見えない。


「ラフィ、そんなとこにいたの?

 お茶を淹れたわ」


「ありがとう、エマ……じゃなくて、ジョー夫人」


「ふふふ」


エマは夫人という言葉にくすぐったそうに笑った。


エマはラファエルからアリスと呼ばれることを嫌がる。


普段はエマと呼び、ここではジョー夫人と言うのが決まりだった。


「いい天気ね。

 ここの窓からは巴里の景色がよく見えるわ」


「そうだね」


ハンターの元には全国から半獣人の情報が流れてくる。


いまだ行方不明の仲間を探すため、ラファエルたちはハンターになりきって事務所に居座ることにしたのだった。


事件当夜、ラファエルはクララの手術のあと急いで現場に戻ってハンターの服を脱がせ、自分の着ていた襤褸と取り替えた。


もし、死体が見つかったとしても、そこで死んだのはハンターではなく、酔って喧嘩でもした所在不明の男になるはずだった。


あとは事務所に暫し休業との張り紙を出して、クララの傷が癒えるまでのらりくらりと過ごしていた。


ハンターの記憶はすべてエマが持っているから、不自由はなかった。


ティーカップにお茶を注ぎながらエマは万感の思いを込めて呟く。


「いよいよね」


「うん」


ラファエルは頷く。


まさにこれからだった。

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