第82話 三章 嘘、嘘、嘘。

シモーヌは告げた。


「あなたのお母さんは亡くなったの」


最悪の結果を前に、ラファエルは気が遠くなりそうだった。


「……お母さんが……」


「結核が悪くなって、

 どうしようもなかったと、

 お医者は言っていたわ」


堪えるつもりが、涙を止められなかった。


膝の上で握りしめた拳の上に、涙の粒がぽたぽたとこぼれる。


「……信じ、……られません」


ラファエルは言葉を絞り出す。


もし母が死んでしまったら、そう想像して泣いた夜は何度もある。


だが、とても信じられるようなことではなかった。


「それだけじゃないの。

 彼女は、あなたがサーカスに来て二ヶ月目にはもう……」


頭をがんと殴られたようだった。


「でも手紙がっ」


「それは私が書いたの。

 夫に言われて、まだお金を回収する必要があるからと……」


クララが拳で壁を叩いた。


「嘘をついてたのかよ!

 ラファエルが毎月くる母からの手紙を、どれだけ心待ちにして過ごしていたのかわかってんのか!」


「ごめんなさい」


「じゃあっ、ラファエルが毎月お母さんの治療費だって支配人(ミステル)に納めてたお金は何だ?」


「ごめんなさい。

 儲けのためにやったことよ。

 彼だって昔は優しい人だったのに、いまでは二言目にはお金お金って……」


「だからって騙していいのかよっ」


「私だって何度も言ったのよ!

 こんなことはしてはいけないと!

 でも夫は聞く耳を持たないばかりか、私に手紙の代筆まで命令して。

 私だって書きたくなかったわ。

 もう踊れない踊り子に何が出来るというの?

 彼に捨てられたら生きていけなくなるのよ」


「そんなの詭弁だ。

 言い逃れだっ」


ラファエルの頭上を通り越してクララとシモーヌが言い合っていた。


ラファエルの耳にも届いていたが、何も感じ取りはしない。


遠くで聞こえる風の音みたいに、ただそこに吹いているだけだった。

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