第62話 三章 エマとハンターと危険な鬼ごっこ

強く地面を叩く変わった足音にクララは体を起こした。


どこからか強く焦げ臭い匂いがする。


一人のタキシードを着た男が意気揚々と檻の前にやってきた。


普段は誰も入ってこないこの倉庫の奥に何の用なのか、クララは首をかしげる。


「元気にしているか?」


嫌いな声と、大嫌いな笑い顔で思い出す。


先日やってきたハンターだった。


上品にシルクハットとタキシードに身を固めているが、似合っているとは言い難かった。


なんだか田舎の農民が無理して正装をしているようだ。


実際着慣れていないのだろう。


何度も肩を揺すって服を躰に慣らそうとしている。


「……何をしている?」


口輪に邪魔されて低くくぐもった声でクララは訊いた。


「助けに来てやったのさ」


ハンターはそう言って檻の鍵を外して扉を開け放った。


「さあ、おまえは自由だ」


クララは用心深くハンターの挙動を見守る。


「……その鍵をどうした?」


「奪うのは難しいことじゃない」


ハンターはタキシードの内ポケットに入れていた銃をちらつかせた。


「許可証がある限り、ここには手が出せねえ。

 だがサーカスの敷地外に出れば話は別だ。

 ここには火を点けた。

 早く逃げねえとステーキになっちまうぜ」


ハンターはにやりと笑った。


クララはハンターに向けて一気に飛びかかった。


鋭い爪でひと思いに引き裂いてやるつもりだったが、ハンターは敏捷な動きでかわすと、銃をクララに突きつけた。


「ここじゃ無理だって言ったろう。

 それに俺は狩りがしてえんだ。

 逃げろ。

 命がけで逃げろ。

 どこまで逃げられる?

 俺は狙った獲物をそう簡単にロストしないぜ」


ハンターの喉に食らいついてやりたかった。


だが、口輪がある。


それに視界の隅に見える炎がクララの身をすくめて動けなくしていた。


いますぐこの場を離れなければと思う。


けれども体はいうことを聞かなかった。


昔の、嫌な思い出ばかりが頭のなかをぐるぐると駆け巡っている。

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