三章
第56話 三章 動き出した舞台
■一
いつもと変わらない平和な朝だと思っていた。
市場で買い出しをしていたラファエルは、肉屋の女将からその話を聞いた。
女将は切った肉を紙で包みながら、興味津々で問いかける。
「ねえ、あんたのところは大丈夫なのかね?」
「なんの話です?」
「おや、知らないのかい。
猟奇殺人だよ、四区のアパルトメントで出たんだって。
でっかい蜘蛛の半端者(デパエワール)だよ。
屋根裏に隠れ住んでずいぶん殺したらしいよ」
「そうなんですか」
「今朝の新聞に出てたよ。
ほら、持っておゆき」
ラファエルは雑に包まれた肉を手渡され、会話の続きをする機会を失った。
女将の後ろでは主人が肉の塊を大きな包丁で捌いている。
エプロンにこびり付いた赤い血の痕跡がラファエルを不安な気持ちに駆り立てた。
市場から円形劇場のほうに向かうと群衆が集まりかかっていた。
口々に半獣人(デパエワール)の危険性を叫び、排斥を訴えている。
まだ公演まで時間があるので彼女たちは倉庫にいるはずだった。
ラファエルは怖くなって走った。
倉庫の前にはまだ人の姿はなかった。
ラファエルは安心して息をつく。
「早くみんなに伝えなきゃ」
伝えたからどうにかなるものでもない。
彼女たちに自由があるわけではないのだ。
それでも危険が迫っていることを教えてあげなければと、ラファエルは緊張の面持ちで扉を開ける。
なかでは支配人(ミステル)が屈強な団員を数人引き連れて、ラファエルの寝床で煙草を吹かしていた。
「やっと戻ってきたか」
ラファエルは彼女たちを警護してくれているのだと思った。
「良かった!
大変なんですっ」
「ふん。話はあとで聞いてやる、おい」
支配人(ミステル)が大きな顎をしゃくると、団員がラファエルの両脇を抱えた。
理由がわからずラファエルは声をあげる。
「うるさいっ、黙らせろ」
団員の一人に無理やり口をふさがれる。
「ラファエル!」
マリアンヌが悲鳴を上げた。
マノン、エレーナが心配そうに見つめていた。
ラファエルはみんなに危機が迫っていることを伝えたかった。
懸命に体を動かすが、団員が頭を小突く。
「大人しくしろ」
窒息しそうなほどきつく絞められて意識がやがて遠のいていく。
ラファエルは手を伸ばしたが、そこには何もなかった。
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