第55話 二章 エマの眼差し
ラファエルは掃除を途中でほったらかしたことをこってりと絞られた。
食事が遅れたことを謝りながら順番に配ってまわる。
エマにいつものように気まずい無言の空間で、固くなったパンを渡そうとしたところで、エマの手がラファエルの袖に触れた。
その瞬間に冷たい眼差しで見つめられたことに気づいて、ラファエルは聞いた。
「どうしたの?」
「人の役に立ったつもりになって、さぞご満悦でしょうね」
エマは蔑む口調で言い放った。
「なんのことさ、一体」
ラファエルは自分のなかの熱が急速に下がってゆくのを感じた。
「マノンのことよ。
恨ませたままにしておけば良かったのに、中途半端な希望は傷を広げるだけよ」
「僕たちの話を聞いてたの?」
「聞いてないわ。
でもわかるの」
ラファエルはむっとした。
「なんだよ事情を知りもしないで」
「知ってるわ。
マノンが昔の婚約者に会って心を打ち砕かれたことも。
あなたが仲を取り持った気になって、したり顔でいることもね」
ラファエルは驚いて訊いた。
「……聞いてもないのに、なんで知ってるのさ?」
「アダンは決して迎えにはこないわ」
「なんでそんなことが言い切れるんだよ!」
エマはじっとラファエルを見つめた。
その眼差しにラファエルは気圧される。
「なんだよ?」
「わからない?」
「なにが」
「あなたはいつまでたっても無責任なのね」
ラファエルは眉をしかめる。
「どういうことさ?」
「同じことを繰り返すってことよ」
「エマは僕の昔を知ってる?」
「さあ、どうかしらね」
「はぐらかさないでよっ」
「そんなムキになって、何か身に覚えがあるのかしら?」
エマは過去をのぞき見るような能力でも持っているのだろうか。
だが、ラファエルに思い当たる節などなかった。
エマはでたらめを言って混乱させているのだと思った。
「僕はいままで誰かを裏切ったこともないし、今回だって何も間違ったことなんかしてないよ!」
エマの真っ黒な瞳に軽蔑の色が浮かぶのをラファエルは見逃さなかった。
理不尽な行いに対する戸惑いと、認められない悔しさがラファエルの心に募った。
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