第54話 二章 生きる希望

「違うよ!」


ラファエルは反論する。


「アダンさんが軍に入ったのは親に強引に決められたんだ。

別れも告げられずに戦地に送られて、マノンさんに会うことだけを望みに戦ってきたんだって。

手紙を出しても返事がなくて、無理に休暇を取って故郷に帰ってきたらマノンさんはもういなかったんだ。

アダンさんは手を尽くしてマノンさんを探したけれど、戦地では戦友たちが帰りを待っている。

後ろ髪引かれる思いで戦場に戻ったって言っていたよ。

マノンさんの病気や、引き離された真相を知ったのは戦争が終わったあとなんだよ」


「つまりは結局、私より戦争を取ったのよ。

そして戦争が終わって私のこともすっかり忘れてしまったのだわ」


確かにそうかも知れないとラファエルは思った。


アダンがどうしていたにしろ、現在のマノンの境遇こそがすべてなのだ。


それでもまだやり直せるとラファエルは思っていた。


過去には戻れないとしても、これから先の人生は変えられる。


「これを……」


ラファエルはアダンから預かったハンカチを差し出した。


「これは……?」


「アダンさんから預かってきたんだ。

マノンさんに」


マノンはハンカチを開くとその文字を見てぼろぼろと涙を流した。


「ひどいわ。

恨ませてもくれないなんて……。

憎しみに生きることも許さないのね」


「これからはアダンさんが迎えに来てくれることを希望に生きていけば良いんじゃない?」


「無理よ。こんな体で会えないわ」


「知った上で、そう言ってくれてるんだよ」


「奥さんだって、子供だって、きっと嫌がるわ」


「奥さんは亡くなったって。

 子供を産んだときに。

 だから娘と二人なんだって」


その言葉にマノンは諦めていた普通の生活を夢想した。


「いえ、やっぱり……来てくれなかったらそれこそ生きていく希望がすべて握りつぶされてしまうわ。

 待っているあいだ一日一日が苦しくってたまらない。

 ラファエル、私はどうしたら良いの?」


「アダンさんがくるまで僕たちが一緒だよ。

 もしマノンさんがいなくなったら僕は悲しい。

 でもそれ以上にマノンさんが幸せであって欲しい。

 一緒に待とうよ」


マノンは檻から手を出してラファエルはぎゅっと抱きしめた。


痣だらけの体はひどく熱かったが、ラファエルは心地よい思いに包まれた。

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