二章
第20話 二章 折れた翼
■一
街のあちこちある栗(マロニエ)の木から葉が散り始め、たなびく強い風が夏の残り香を攫っていく。
ラファエルはベッドに横たわるマリアンヌをみて心を痛めた。
彼女の美しい翼は石膏で固定され、形が崩れないようにうつぶせに寝かされている。
その姿は見ているだけでも憐れだ。
この日のショーもいつも通り何事もなく終わるはずだった。
客入りは普段通り。
わずかな空席を見てオーナーがまた文句をつけるかもしれないが、決してガラガラというわけではない。
観客の隙間を縫って売り歩くレモネード、ポップコーンの売り子たち。
客はスリルとエンターテイメントを求めてショーのひとつひとつに歓声を上げた。
エレーナたちのカンカン、マノンの出演するペルセウスの冒険譚、それぞれの演目も滞りなく進んだ。
いよいよ一番の目玉である空中サーカスが始まる。
観客たちは筋肉質の曲芸師に沸き、マリアンヌの登場に息を呑んだ。
半獣人(デパエワール)でありながら、彼女のはかない美しさに誰もが眼を奪われる。
まるで舞台女優のように、いるだけで空気が変わる、そういう類いの人間がいることにラファエルはマリアンヌを見て初めて知った。
ショーが始まると曲芸師が空中ブランコのあいだを軽々と飛び移り、マリアンヌは上空を飛び交いながら紙吹雪を散らす。
男は慎重にタイミングを計りながら三番目のブランコに飛び移る。
そこでわざと失敗するのだ。
いつもの落下パフォーマンス。
マリアンヌが颯爽と男を助け、観客は肝を冷やし、安堵して心の底から笑う。
いつも通りの演出。
マリアンヌが救助の体勢に入るため、より上空に飛び上がろうとしたときだった。
一人の酔っぱらいがマリアンヌの注意を惹きつけようとビール瓶を投げつけた。
運の悪いことにビール瓶は回転しながらまっすぐにマリアンヌの頭に衝突した。
不意の一撃にマリアンヌは真っ逆さまに地上に落ちた。
ガーナムのショーではネットは張られない。
勢いよく地面に叩きつけられた白い翼が地面で血に染まり、あり得ない角度で折れ曲がるのを観客は目にした。
悲鳴。
急いで団員たちに担ぎ上げられて舞台裏に消えていくマリアンヌ。
暴漢はただちに取り押さえられ、曲芸師はそそくさとショーを終わらせた。
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