第17話 一章 母の手紙

■三


巴里は雨。


街角も人影は乏しく、水滴にかすんだ建物を見ていると色々なものがおぼろげに沈んで見えた。


今日は給料日だったので、サーカスの団員たちのほとんどは温かくなった懐を頼りに遊びに出かけている。


ラファエルは頼まれていた買い出しのあとに事務所によって、支配人(ミステル)からわずかな給与と母の手紙を受け取った。


入院している母の治療費と倉庫での宿泊代、食費などを差し引かれてラファエルの手元にお金はほとんど残らない。


けれどもラファエルは雨にずぶ濡れになりながらもうきうきした気分で倉庫に戻った。


ラファエルが自分の部屋というよりもただ布団があるだけの空間で、雨に濡れぬように鞄の一番奥に仕舞っていた手紙を取り出し、溢れる胸の思いをどうにか沈めようと慌てふためいているとき、隣の檻でその様子を見ていたマノンは髪を梳かす手を止めて身を乗り出した。


「おかえり」


「ただいま」


ラファエルは挨拶も忘れていたことに気づいて苦笑した。


マノンは優しい笑みを浮かべた。


「お母さんからの手紙?」


「うん」


差出人の住所には遠い露西亜の療養所が記載されている。


ラファエルの母は肺を悪くしていて、空気の良い所で入院をしている。


遠戚のつてを頼って巴里にあるこのサーカスで働かせて貰っているのも、かさむばかりの治療費を少しでも捻出するためだった。


ラファエルにとって唯一の肉親であり、母の回復が唯一の苦しい日々の糧だった。

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