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 テレビに特番が増え、街からクリスマス飾りが示し合わせたように姿を消して、年末年始のセッティングへと切り替わる。浮かれ気分は昨日まで、今日からは違う気分で浮かれてくださいと言われているようで、天邪鬼な反発心が芽生える。とにかく自分が自分自身の支配者でありたい。踊らされているとしたら、踊らせているやつは敵なのだ。

 いつものように憂井邸の蔵から地下へと潜る。点々と灯る足元の照明に沿って歩みを進め、緩やかに湾曲しながら下り続ける地下道を抜けて、地下空洞へ出る。

 大物を倒し、年の瀬も迫っていた。しばらくは休めると勝手に思い込んでいたところに、羽原紅子から連絡が入ったのだ。

 それも、『君一人で』というメッセージつきで。

「……まったく、靴音ですぐにわかる」羽原紅子が気の抜けた炭酸のように言った。「毎日オートバイに乗るわけでもあるまいし、なぜそんなにごてごてしい靴なんだ?」

「ここに来るときはそういうモードだから」

「そういうことならわからないでもないが」

「……これは?」目の前の異様な光景に道哉は眉をひそめた。

 大型の会議用テーブルのようなものが十台繋げられ、その上に何事かがびっしり記述された文書が一部ずつ、大量に並べられている。尋常な数ではなかった。同じ内容のコピーかと思ったが、目で追っていくと明らかに別の文書だ。

「灰村のやつ、今やネットでは有名人だ。正確には灰村ではなく、ブギーマン・ザ・タンブラーが、だがな。……見ろ、迫真のだ」

 紅子は並んだ中で一番大きいモニタに映像を表示させる。

 ドバト男が、追跡戦の途中で配信していた映像はキャプチャされ保存され再配信され、拡散され続けていた。恐るべき身体能力の頭巾を被った男が、資材・建材や住民の生活物資、ゴミの類が放置された三拍子地区を飛ぶように疾走し、空中から遠心力を効かせたキックを放つ。直後に映像は途絶える。

 ブギーマンは、これまで、痕跡はあれど姿が写真や映像などで実際に捉えられたことはなかった。だから実在を疑う声が絶えなかった。だがこれからは映像がある。揺るがない、ブギーマン実在の決定的な証拠だった。

「私は正義にはアイコンが必要だと考えた。只者であろうとなかろうと、人間では駄目なんだよ。アイコニックな何かしらの存在でないと。それには、ある程度犠牲を払う必要があるし、本人の資質も要る。いつぞや、君の奉仕精神の強さと共感性の乏しさを指摘したことがあったな。人間でないものになり、正義を行うために必要な資質だ」

 何の話だよ、と応じて道哉は続ける。「怜奈が、お前に似たようなこと言ってたよ。羽原さんは被害者への共感を拒否してる、お前が何か恐ろしいものに見えるって」

「君だって、助けを求める人間を助ける人間的な役割を灰村に演じさせたろう」

「わかっているつもりさ。俺は、決定的な悪役とか、組織とかを倒したいんじゃないから」

「気が合うな、我々は」

「忌々しいことにな」

「だが実は私はな、正義がアイコニックな形を取ることで、逆に悪もアイコン化するのではないか、と予想していたんだ。ドバト男……マスクの怪人が現れたのは、少なからず我々の影響だと思うし、私の予想を裏づけた。だがな、憂井。そんなものじゃないぞ」

「何がだ」

「我々の本当の敵が、だ」

 紅子は一面に広がった文書のひとつを指で叩いた。

 道哉は怪訝な顔になる。「こんな書類が? 何なんだ?」

「ドバト男……眼鏡の方のドバト男は、一年半ほど前に、自称・北朝鮮工作員の入江明と接触し、この文書を手渡されていた。この量でも全体の一〇分の一だ。印刷するだけでも骨が折れた。普段、閲覧には専用アプリケーションが必要だ。そしてこのアプリに、人工知能が仕込まれている。文書に記された内容が現実と食い違った場合、ネット上の記述などからその食い違いを検知し、自動でアップデートするものだ。この手の深層型学習ディープラーニングなどと呼ばれるものは画像処理が先行していたんだが、テキスト……いや、言語に対するものがこうも凄まじい精度で完成しているとは思わなかった。完成というのもおかしいか。無限に進化し続ける以上、こいつは永遠に完成しない」

「羽原、もう少し俺にもわかるように説明してくれ」

」と紅子は言った。「テロ、強盗、詐欺、脅迫、監禁、電子的侵入・攻撃、潜入、諜報、その他ありとあらゆる犯罪を、誰でも同じクオリティで実施できるようにするための……入江明による、が記された文書だ」


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Boogieman: The Faceless episode 5 "FIRST AND SECOND"

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