第14話「 くあ~ 」

「なんだ貴様!!」


 ウヒ~コワイよー。

 でもマントの人。声が裏返って「貴様」が「ひさま」みたいになってた。ちょっとバカみたい。

 イヤイヤそんな場合じゃないよ。


「名乗りを上げるは是非もなし! されどこちらが名乗るからにはそこもとも名乗るが礼。かような無体を晒した上で、そのお覚悟はございまするか!」


 くあ~・・気持ちいー! いいぞかがりちゃん男前! じゃなくて女前!


「小娘がなにを抜かすかーっ!」


 ウヒ~! やっぱりコワイ!

 でもどうしよう! たすけなきゃ、でもどうしよう?


「お覚悟は如何!」


 かがりちゃんがまっすぐに一歩前に出ると、マントマンはグワッと目を見開いて剣を引き抜いた!

 わたしは思わず走っていた。

 



■ ■ ■




 短い悲鳴。

 後ずさる靴音。

 周囲は一瞬で緊張に包まれた。


 かがりは唇を噛み、静かに鼻から息を抜く。


 マントの男はよほど激昂していると見えて、構えている剣先は大きく震え、「ンフー! ンフー!」と鼻息が露骨に聞こえてくる。

 

「アッバスさま、いくらなんでも・・」

「そうです。この様な場所では・・」


 取り巻きたちは頼りない様子で口々にマントの男を諌めているが、アッバスと呼ばれた男はまるきり聞き入れる仕草もない。


 かがりにしても本身を向けられるのは初めてのことだったが、恐れや狼狽より先にこんな主に振るわれる剣への哀れを思った。華美な剣であった。

 構えを見ただけで、とてもではないが剣術の体を成していないのはすぐにわかる。

 剣術云々というよりも、「剣を使った脅し術」を使うというのなら怒りの最中にあっても細い地金が見て取れた。つまりそういう輩だということだ。

 剣を見上げ、アッバスの顔に視線を戻したかがりはそっと眉根をよせる。

 それを怯えたものと勘違いしたのかアッバスの目に、「斬らずに我慢してやっている」と言わんばかりの安堵と侮蔑が閃いた。


 そこへすずがへの字に口元を震わせながら、どこから持ってきたのかデッキブラシを構えてかがりの隣に並んだ。


「す、す、スケダチいたす!・・よ」


 途端にアッバスは怒りの視線を取り戻す。

 かがりはフッとすずに笑いかけると、その手からするりとデッキブラシを抜き取り、品定めでもするようにヒョイと真上に掲げると無造作に間合いを詰め、掃った。

 アッバスの左足が素早くスライドし、倒れた右ひざで強かに石畳を叩く。

 遅れて「ひゃぐー!」と、こもる悲鳴を上げた。

 デッキブラシの頭で閃光のようにアッバスの左のくるぶしを内側から薙いだのである。


 アッバスはなにが起きたのか理解できぬまま、剣を投げ出して石畳に丸くなった。

 取り巻きたちが一斉に駆け寄り、そのうちのひとりがかがりに飛び掛ったが、かがりはデッキブラシの柄の先を石畳の段差に斜めに固定しスッと身を引いた。

 飛び掛ってきた男は絶妙のタイミングで自分からブラシの頭に突進し、腹に当たったブラシを支点に宙で見事に体をくの字に曲げる。


「おのれ!」

「・・・・」


 残りの取り巻きがそれぞれに剣の柄に手をかけた。


「いやあ、勉強になる!」


 そこへのんびりとした大声が届いた。

 かがりと取り巻きたちの間合いが重なる一瞬前だった。



 

 ☆ ☆ ☆




 バン! バン! と大きな音で手を叩きながら、男の人がひとり近づいてきた。

 アッバスとかいうマントマンの取り巻きは、ぎょっとした顔でその人をみる。

 わたしはかがりちゃんに後ろの人混みの中へ押しやられた。

 男の人はこっちには見向きもせずに、えらく調子っぱずれな拍手のようにバンバン手を叩きながら取り巻きも無視してマントマンのそばに寄ると、生まれたての鹿みたいにプルプル立ち上がりかけてたところに手を貸して、「いやはやお見事でございます!」とみんなにわざと聞かせるような大声を出した。


「みなも心して聞いて欲しい! この尊愛の士であるアッバス伯爵様は実は足に大怪我をなすっておいでだったのだ!」


 ―― なにいってんのこのひと!?


 今日はじめて会ったばかりの周りにいた人全員とシンクロした自信がある。

 

「勉強家だ・・」


 誰かの呟きが聞こえた。


「そして、もはや我々によって捕らえたが、ほれ、すぐ向うの壁際に間者が見張っていたのをご存知だったのだ!」


 そういって向うの家のほうを指した。だからなにいってんの?


「しかしその時たまたま、足の怪我がうずいて倒れてしまわれたのだ! しかし街を護る近衛騎士長が負傷しているなど知られるわけにはいかぬ! そこで愛する領民を思えばこそ断腸の思いで芝居を打つしかなかったのだ! 御心の裡では許せ許せと血の涙をこぼしながら暴挙のフリをなさったのだ! しかしご安心ください痴れ者は捕らえましたゆえ! どうぞご快癒に専念いただきますよう、領民の声に代えてなにとぞお願い申しあげます! さあ、御付のみなさま方も! そこな娘には我々がしかと説く教えますゆえどうぞおまかせくださいませ! わたくしもブライオン以下、団の者どもにもアッバス伯爵さまの偉大なる勇気と御心、この『勉強家』の名において余すことなく申し伝えたく思います! 心よりの感謝とご尊敬を申し上げます!」


 ―― ポカ~ン・・・。


 本当に頭の中で「ポカ~ン」と意味不明な音だか声だかが聞こえた気がする。

 すぐ隣から盛大な拍手が聞こえた。すると緊張した小声で、「拍手してください。無事連れ出しますから」とこっそり囁いてきた。

 わけもわからずにいるとその小声は周りの人たちにも、「拍手してください」とこそこそ広めている。

 パチ。・・パチ。・・とまばらな拍手がだんだん大きくなって、ワーッという歓声も伴いながら大拍手にまで成長した。


 マントマンは、放心と悔しさをホイップしたみたいなよくわかんない顔で取り巻きに支えられながら立ち上がると、急いで作りましたって感じの尊大さを強調しながら大演説ブッた人のところへ近づいて剣を鞘に戻した。


「『ザ・ギー』の『勉強家』とはお前のことか、よくぞ我が心情汲んでくれた」


 偉そうにしてるけど虚勢はってるの丸わかりだ。かっこわるー。

 

「追って褒美をとらせよう」


 そういうと横目でかがりちゃんを憎々しげに睨み付けて、ちょっと足を引きずりながら取り巻きと一緒にいちゃった。

 こんなわかりやすい悪役の引き際はじめてみたよ。ギャグマンガの不良みたい。

 なんか混乱しちゃったけど、なんだかなー。

 おとなしく帰ってくれたのはいいけど、もっとこう泣きながらペコペコ謝らせたいってことまで考えちゃうわたしは悪い子でしょうか? せめて後ろ姿に「バーカ、バーカ!」っていっやりたい! 心の中でいおう! バーカ、バーカ!

 気がつけば周りはすごい人だかりができてた。でもやっぱりみんなおんなじ気持ちだったみたい。みんな怒って口々にブチブチなんか言ってる。同士たちよ!


 すぐに切り替えられないけどとにかく難癖つけられてた女の人が心配だ。って思ったけど、見ればかがりちゃんとさっきの演説さんが近づいてなにやら話してた。

 普通に応えてるからなんとか大丈夫かな? しかしムカつくな~あいつら。

  

「どうかみなさん、落ち着いてくださーい。これ以上騒ぎが大きくなったらもっと面倒になりますよー」


 あれ? なんか仕切ってる人、さっきの小声の人かな?

 意外と若い男の子だった。同い年くらい?


 周りのみんなはやっぱりブツブツいいながら、それでもそれぞれに解散していった。

 その男の子は「フーっ」と大きな溜息をつくと忌々しげにさっきのマントマンが消えていった方をにらみつける。


「あのクソ貴族が・・・」


 そこへ、「ハンティアン!」とさっきの演説さんが諌めるように振り返った。

 そういえば『勉強家』って呼ばれてたけど、なんだろ? あだ名かな?


「仮にも我々は街の守護役を担う自警団。下卑たる真似はよせ、せめて・・」


 いいながらゆっくりと笑みが浮いてきてた。


「せめて、クソ貴族様といえ」 

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