第13話「 ふほぉ 」

 こっちの世界へきてからの二日間があんまりにも濃かったせいか。

 はたまたその反動に拠るものかわからないけど、リリオさんのところへ身を寄せて一晩のうちに、わたしたちは熱出して倒れちゃった。


 なのにリリオさんは「ちょうどよかった」なんてこといって倒れてる私達に魔法の授業を提案してきたんだよ。

 熱が出て頭が回らないし、その分、体主体の意識が活性化されているので良い機会なんだそうだ。


「ついでに体の治し方覚えておきなさいな」


 なんてニコニコ嬉しそうだったよ。

 幸い頭痛だの吐き気だのなくて、ひたすらボワボワ熱が出てるだけだったからいわれるままに体中、色んなところに気を廻したり、抜いたりしながらボンヤリ過ごしたのだけれどすぐに問題発生。

 

 ピピカちゃんは私たち五人以外からは霊気を受け取らないってことがわかった。

 マリルさんたちが試してみても、リリオさんが調整したものでもダメだった。


 だから、熱でフラフラしながらも霊気をあげようとしたら、指を咥えた途端ピピカちゃん大泣きしちゃった。

 わたしもびっくりしたんだけど、なんとピピカちゃん、唇を火傷しちゃったんだ。

 リリオさんも驚いて調べてくれたんだけど、どうやら霊気が熱の性質を帯びちゃってるせいなんだって。

 幸い、癒しの魔法なんていう便利な魔法は受け付けてくれたみたいで、火傷そのものはすぐによくなったんだけど、おかげで私たちは大急ぎでチャクラ(?)の検知やら、体の熱の出所やら、細胞の状態チェックやら、菌の有無の確認やら、エネルギーの質の違いやら、気の循環やらの魔法の基本を身につけなきゃならなくなった。

 外側からわたしたちにアクセスしてとりあえず熱を下げたとしても、霊気を経口するのならおかしな毒性に変わったりする可能性が心配だとかいわれちゃしょうがない。

 

 ムスヒちゃんが天才的なセンスを披露して、とにかくピピカちゃんへの授乳じゃなくて授霊気だけはできるようになったんだけど、なにしろこっちが倒れるくらい消耗している以上霊気の絶対量が足りない。

 五人で手を繋いで霊気の放熱をしたり、霊気の循環を抑えて上澄みを取り出したりして、リリオさんの監督の下、なんとかピピカちゃんのごはんの分だけは確保できた。


 そんなこんなしてたら、たったの三日で魔法が使えるようになっちゃったのです。





 ここへ来てから四日。

 正式には「繭の家」っていう女性と子どもの保護施設で、孤児院みたいな部門と、なんと鰹節やオイルツナそっくりなものとか作ってる水産加工の工場部門でできてるんだって。

 街の援助を受けない独立採算の会社みたいに運営してるらしい。よくわかんないけど。


 わたしたちは「魔女見習い」っていう枠で置いてもらえることになった。

 ご飯の用意を手伝ったり、施設のお掃除したりでいろいろ仕事はあるけど、空いた時間は魔法の練習に当てていいことにしてもらえたのです。


 今はお昼の休憩時間。

 リリオさんをまじえて、庭の芝生の上で座ってるところ。

 お腹いっぱいだし、お日様は気持ちいいし、海風は優しいしとっても幸せだあ~。


 ここ数日でみんなすごく雰囲気が変わった気がする。

 特にかがりちゃんは、ただでさえ優等生っていうか委員長ぽいっていうか、「ちゃんとしてなきゃ」って感じのお堅い印象だったけど、角が取れてすごくお姉さんになっちゃったみたいに見える。同い年とは思えないよ。


「観音さまって、『音を観る』って書きますでしょう? 仏のことはよく知りませぬが、こうしている今もなにやら不思議なことにいろんなものが波や響きを伴って在るように感じるのでございます。人も物にも自分自身にも。その感じ方が音を観ているように思えてならず、なんとも心地が良いのでございます。これが話に聞く観音力というものでございましょうか」


 そういってフンワリと微笑むと、なんだこの人、天女ですか!って本気で思っちゃいそう。


 リリオさんは大きくゆっくり頷いて、すごく嬉しそうに笑った。


「魔女の魔法というのは本来、人々の生活に寄与するためにありますが、一番大事なのは、魔法を使うということそのものではありません。魔法を通して自分が今どのように存在しているのかを理解し、自分自身を肯定することこそが大事なのです。それを魔法と呼ぼうがカンノンリキと呼ぼうが構いません。今、かがりさんが感じているのは自分の存在を透すことで知り得た自分自身という安寧なのです。能力としての魔法ももちろん便利で有用ですが、ひとりの人間が心から笑顔で生きること、これに勝る魔法はありませんよ」


 普段は人をおちょくってばかりの瑞穂みずはちゃんも、なにかっていうと突っ張る真砂まさごちゃんも、すごく穏やかな顔して頷いてる。


 わたしもなんだか、こう、呼吸するのが楽しいってちょっと感じるようになってきたんだ。

 こういうみんなの変化がどういう風に作用してるのわからないけど、ここんとこ急にピピカちゃんが霊気をねだることが多くなってきた。

 おいしくなった?

 今は、ムスヒちゃんに抱っこされて寝てるけど、なんとなく体も大きくなった気がする。

 なんだろう、母の喜びとか言っちゃってもいいのかな? 

 とっても満ち足りてる気がするよ。

 そんなゆったりした気分の中、優しく澄んだ鐘の音がお昼の終了を告げて響いたのでした。



■ ■ ■

 



 ノカの街のバザールは、大きな通りの両側に並んだ露店が長く続く大きな規模のものだった。

 昼を少し過ぎた頃にもかかわらず、通りは人で埋まっており、呼び込みの声も高らかになかなかの盛況ぶりである。


「へえ~。こりゃなかなか」


「なんかいいね。異国情緒ってカンジ!」


 嬉しそうな真砂まさごに、すずがはしゃいで返す。

 すずの知る、縁日の屋台や観光地の露店の雰囲気とは違い、浮ついたところのない単なる日常の景色なのだろうが、それが余計に肌触りの違うものとして感じられる。

 日本の商店街やスーパーなどとは明らかに違う空気のにおいに、ドキドキと心が踊った。

 買出しの荷物持ちという名目だが、マリルの案内の元、ようやくなぎの用意してくれた服に袖を通したすずたちは、露店を覗きながらも周りの女性達の服装のチェックも忘れない。

 

 着物以外の服を初めて着たかがりは、ひどくヒラヒラする上、膝下がむき出しになることに少し抵抗していたが、すずがこれでもかと言わんばかりに褒めちぎったので、少しは肩の力も抜けたようである。

 

 実際、かがりにその服は似合っていた。

 ツギハギだらけとはいえ、周りを見る限り、服だけならそこまで見劣りするものでもない、似たり寄ったりである。

 しかし、かがりの見事な姿勢と凜とした佇まいで、ボロの服とは思えないほどスマートな立ち姿であった。


 先に薬草を届けに行くというマリルから、暫しの自由行動を認められた途端、すずと真砂はかがりの手を引っ張ってバザールの人並みに突入した。

 

 異世界だろうがなんだろうが、やはり若い女子にとって買い物といえば、逸る気持ちを抑えられるわけもなく、露店を覗いては目を輝かせる。


「このように大きな市は初めてでございます。ムスヒ殿・・ムスヒと瑞穂にはなにか悪い気がいたします」


 そういうかがりも、物珍しそうにキョロキョロしながら、興奮もしきりの様子である。

 ちなみに、かがりはみんなに『殿つけ』をたしなめられ、目下矯正中なのだ。


「次はふたりの番だから大丈夫だよ。あ、ほらこれ見て! なんか可愛い!」


 すずは、目が異様に大きくデフォルメされたカラフルなお面を指差して嬌声を上げた。


「・・・かわいいか?・・」


 真砂は、引き気味にすずを見ると、作り笑顔でチラチラ店の中に視線を飛ばす。

 並んでいるのは、大蛇の開きだの、コウモリの干物だの、茶色くなった何かの頭蓋骨だの、不気味に赤黒いロウソクだの禍々しさ満点のものばかりだ。

 かがりはというと、頷きながら子どものように目をキラキラさせていた。


「な、なあ。それより早く履物探さないか? マリルさんを待たせちゃ悪いし」


 今日一番の目標がそれである。

 かがりのわらぞうりが限界なのだ。

 こちらへきてからの大立ち回りで壊れたのを、なんとか直しながら使っていたのだが、歩く度にバラバラと藁の破片がこぼれていくので、いくら掃除してもキリがないと新調することになった。

 選ぶとなるとかがりは、サイズの合いそうなものを靴だのサンダルだのと片っ端から試し履きし、いちいち腰を落として踏み込みのような動作をしたり、横へどぎつくスライドさせたり性能の評価に余念がない。

 どんどん険しさをましていく店主の顔に、真砂は「遅くなるって伝えてくる」と笑いながら逃げ出していた。

 せめて壊さないようにとすずは頼み込んだが、かがりはしきりに眉根を寄せては首を捻る。


「このように鼻緒のない履物では、どのように地を掴めばよいのかわかりませぬ。一体このお国の武士方はいかにして得物を扱うのでございましょう?」


「そんなのわかんないよ!」


 結局、厚手の皮でできた靴底だけを買い、それにかがりが自分で鼻緒をつけるということになった。


 他にも、ピピカの肌着に使う柔らかい布なども購入し、マリルとの待ち合わせに急ぎ戻る、すると道の先から悲鳴と怒号が飛び込んできた。


「どうかお許しください!」


「ならん! この始末どうつけるか貴様!」


 果物の露店の前で、大仰なマントを羽織った鎧姿の男が、石畳に頭をこすりつける若い女性をどなりつけていた。

 そのマントが半ば程まで濡れているのが見える。

 男のまわりには、やはり鎧をまとった者が三人。顔をしかめて見下ろしていた。


「打ち水するくらい普通だろ・・」  


「勝手にスッ転んだのはあいつなのに・・・」


 すずの耳にも街の人たちの囁きが届いてくる。どうやら男達が一方的に難癖つけているようだ。


「石畳だから水で滑ったのかな?」


 かがりに口を寄せてポショポショ話しかける。


「やはり鼻緒のない履物などで歩くからです。見たところ武士方のようですが手前の粗忽を人に背負わせるとは、なんという痴れ者でございましょう」


 かがりは声を潜めず、男の姿をまっすぐに見たまま答えた。

 

 若い女は、なんとか許しを請うべく、男の足に取りすがったがそれを男は思い切り蹴り飛ばした。

 露店の棚にぶつかった女は苦しげに呻く。

 男はズカズカと歩み寄ると女の髪を引っ張りあげた。


「貴様! 無礼であろうが! 女の分際で俺に手を触れるなぞ、身の程を知れ!」


「おやめください!」


「かがりちゃ・・・」


 すずが静止する間もなく、かがりはスッと人垣を抜けて、騒ぎのスペースに踏み入った。


「聞けば余りにも無体。それが武士のやることですか!」


 涼やかな力に満ちた声が、場の一切の音声を凍りつかせる。

 パニックになりかけたすずだったが、やはりその一声で平静を取り戻し、取り戻しすぎてあらぬ方向へスライドした。


「ふほぉ・・。かがりちゃん・・・カッコイー!」

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