第11話「 えへへ 」

リリオは先ほどと何も変っていないように見える。

人がよさそうで、優しく面倒見がいい雰囲気。

そこに居るというだけで安定した心地いい磁場に抱かれるような、広くて奥深い母性の体現者としてただ柔らかく笑っている。


身動きが取れないという状況は理解できても尚、その口から「人さらい」などという単語が発せられたことに、自分の耳にこそ欠陥が生じたのではないかと疑う方が、果てしなく容易であった。


「悪人は悪人の顔しないものよ。お嬢さん方はそんなことも知らないのね」


楽しげに弾むように話す。

まあ冗談はさておいて・・と、どのタイミングでも差し込めるリズムなのに一向にその言葉が出てこない。それが不思議であった。


「あくにん?」


ムスヒが随分と場のトーンを外した声でポワンとつぶやいた。

リリオはそれにかまわず、組んだ両手を体の前に垂らしたまま動けずにいる一人ひとりをゆっくりと眺めていく。


「この町は漁港と貿易港の二つの港があってね。とくに貿易については、国の中でも一、二を争うくらいの品が毎日取引されるの。食品、服飾、武器・・それから奴隷なんかも」


―― どれい? ドレイ? 奴隷!


まさか! とすずは思った。

まさか。まさか。

今、わたしはさらわれていて、これから奴隷になるとでもいうのか?

そんなまさか! そんなことがあるわけがない!


「・・冗談ですよ・・ね?」


少しでも自分の希望に同意して欲しくて、精一杯笑顔をつくる。が、すずの声はどこにも引っかからず、そのまま宙に消えた。


「あなた達くらいの女の子が一番高く売れるんですよ。みんな美人だし」


「騙しやがったな! くそばばあ!」


真砂が、割れんばかりの大声で叫んだ。

マリルに抱かれたピピカが驚いて泣き出すが、すずは絶対に聞きたくなかった言葉に愕然と目を見張った。

まさか? まさか? 本当に?!


「騙す? 誰が? あなた達を助けてあげるなんて一言も言ってないでしょう? わたしが言ったのは今晩はここに泊まってお風呂に入りなさいってことだけですもの」


「じゃあ! マルリーもウィンローも村の連中もグルだったてことか!」


「さあ、どうでしょうね? よくある話ではあるけれど」


ウフフとふんわり笑う。


「お待ちください。この状況ではなんの話も見えませぬ。まずはこの水の縛りを解いてはいただけますまいか?」


かがりが震える声でリリオに問いかけるが、リリオは溜息で答えた。


「こうなったあなた達には交渉の権利も説明の義務もないの。あなた達がどこの誰だろうとね。はっきり言っておくと、この町じゃ、身元もない他所の女は、ただの物として扱われるって事。そんなことも知らない方が悪いの」


「紹介状がありましたよね! 村長さんが・・書いてくれて・・」


「確認したのかしら?」


そういわれてすずは黙りこんだ。

クタクタに疲れていたから・・。

眠くてしかたなかったから・・。

たちまち言い訳が浮かぶものの、それが何一つ通用しないのはすぐにわかった。

でも、ただ日常の感覚を疑いもしなかったのが悪いとでもいうのか?

自分たちは異世界からきたのだ。

誰もここのルールなんて教えてくれなかったではないか!

ウィンローから少しだけ人さらいに気をつけるよう言われてはいたが、まさか今日の流れでこんなことになるなんて思いもしない。発想もできない!

しかし、今、明らかに身動きひとつ取れずにいるのは確かなことである。

灰色の混乱が、ジワジワと黒い絶望に変わっていく。

悔恨、恐れ、重い不安・・。


「信じてたのに・・」


絞り出すように口からこぼれた。


「あらあら・・」


リリオはすずの前に周ると、にっこりと微笑んだ。

思い通りの結果、期待通りの言葉に満足したとばかりに軽やかな態度である。

 

「あなた、今、嘘をついたわね? 信じてたって言ったわね? それは嘘。あなたは何にも信じたりしていなかった。ただ自分の世界が都合よく周るものだってボーっと思ってただけ」


「・・・・」


「それにね、人を信じたなんていうのは一番卑怯なやり方なの。簡単に人を信じる人は、簡単に人のせいにするわ」


そういって、にらみつける真砂の額をつつく。

真砂は首だけ動かしてその指に噛み付こうとしたが、リリオは簡単に指を引いて避けた。


「騙す方が悪いとか、騙される方が悪いとか、そんな話じゃないの。信じる必要があるのは自分自身。誰かを信じたいと思ったら、その誰かを信じられる自分自身を先に信じなくてはダメ」


「・・・・・」


「そのために自分をいつも信じていられるよう自分自身を磨くのです。ボーっとしてはいられません。きちんと人と自分を見て学習するのです。こんな風に何かあった後に人のせいにしても遅いのですよ」


いつの間にか、まあるい笑顔は引っ込んで、口元の微かな笑みから苦さ含んだ、諭すような願うような口調が紡がれる。

その目には、深い悲しみの色がはっきり滲んでいた。


「この町では、あなた達のような何も知らない純粋で心優しい女たちが、平気で商品にされています。だからちゃんと用心して欲しいし、自分を護って欲しいのです。自分や友人を大事にするっていうことがどういうことか、ちゃんと考えて欲しいのです」


一歩後ろに下がったリリオがサティアに頷きかけると、その場でお湯のくびきが解かれた。

瞬間、真砂がリリオに飛びかかったが、それを瑞穂が止める。


「まて! わしらは今、手にかけられたと同じじゃ。油断しておったは、わしらの方じゃ!」


真砂は激しい目で瑞穂をにらみつけたが、やがてうつむいて唇を噛みしめた。

すずの手にピピカが返される。

ピピカは不安そうに、小さな手ですずの薄い体を掴んできた。


「・・わたしたち、ちゃんとしなきゃ・・ピピカちゃんも危ないんだね・・・」


真砂がぎくりとすずを見る。

湯気を通して真砂と目が合ったすずは、同時に大声で泣き始めたのだった。



☆ ☆ ☆



 自分を信じるかあ。そうは言ってもなあ。

 一番簡単なのは疑心暗鬼になることで「もう誰も信じない」っていえば楽だけど、それじゃダメだよね・・。


 お風呂を出て着替えた後、マリルさんに連れられて大きな食堂に案内されたわたしたちは、テーブルについてからも、誰も口を開こうとせずに、ただ黙って座ってるところ。

 お洗濯をお願いした服はすっかりきれいになってて、きちんと乾いてたたまれてた。

 もう安全だっていうのはわかったけど、さっきのショックが大きくて、どう振舞えばいいのかわからなくなっちゃってる。

 みんなも同じ気分なのかな? って思ったけど、ムスヒちゃんだけは何も変らずで、ピピカちゃんを抱っこしたままニコニコ笑ってる。

 すごいよ、ムスヒちゃん・・ハア・・。


 食堂の中は、結構な人数がワイワイいいながら食事してる。

 みんな、何度かはこっちに目を向けてたけど、そんなに珍しい事でもないのか、すぐに目を戻しては食事やおしゃべりに戻った。

 ざっと見て四、五十人かな? とにかく女性ばっかりで若い人が多い。

 おばさんっていえるくらいの人や、小さな子どもも結構混じってるけど・・ハア・・。


 頭と感覚がバラバラで、とにかく疲れた。疲れてるよ。

 反省するにしても、どこから手をつけたらいいのかわからないし、それ以上に頭が一切回ってない。


「いろいろ思うところはあるだろうけど、説明するのは後にしましょう」


 マリルさんの指示で、なぜだか頭に猫耳がついた女の子が手際よく配膳してくれた。

 お皿に盛られたご飯、焼き魚、青野菜の小鉢、深皿にはパッと見、けんちん汁っぽいスープ。 あれ? これ和食だよ。和食だよね? 箸もあるよ・・・・。

 

「まずはお上がりください」


「いただきます・・」


 ムスヒちゃん以外は、なんとなくモソモソと箸を動かす。

 全然食欲湧かないけどとにかく・・・とにかくご飯。

 とにかくご飯だ!

 行儀悪くてもかまうもんか!

 わたしは、勢い勇んでお皿をかきこんだ。





 これってどうなんだろう?

 なんていうか・・さっきまで、もの凄く落ち込んでいたはずなんだ、わたし。

 みんなもね・・。でも。

 ご飯食べたらもう元気になった! 

 なっちゃった!

 これって、いいとか悪いとかじゃなくて『ただこういうこと』なんだって思うけど、知らなかったよ、わたし!

 ご飯食べると元気になる。

 それがすごく大事なことなんだって初めて知ったよ!

 

 スッカリ余裕を取り戻したわたしたちは、なんとなく漢方を思わせるお茶をいただきながら、マリルさんの話を聞く事になった。


「まずここは、シェルターって呼ばれる施設で、簡単にいうと行き場がなくなったり逃げてきた女や子どもを保護してる場所なの」


「・・・・」


「さっきのはここに入るための儀式みたいなものだと思って欲しい。というのも、用心するようどれだけ教えても、まだ騙されて連れ去られるケースが後を絶たないのよ。つい先日も・・行方不明になった女の子がいるの、ちょうどあなた達と同じくらいの可愛い娘だった・・」


 悲しそうに周りを見渡す目は、なんだかとっても乾いてる感じ。

 もう涙も出ないってくらい泣いちゃったらこういう目になるのかな。


「さっきリリオが言っていたように、この町では普通に人が商品になってるの。だからちょっと強引にでも、自覚を持って欲しくてあんな真似をしたのだけれど・・どうか許してちょうだいね・・」


「人さらいがたくさんいるのですね・・?」


 かがりちゃんの質問に、マリルさんは苦々しく眉をよせた。


「元手もかからない、高く売れる、手段も容易い・・本当に残念だけどその通りよ。ついでにいうと裏で利益を得ているのは町の有力者がほとんど。ここでの人さらいは公然の仕事といってもいいくらいね」


「そんなこと・・」


「事実なの。何しろここに居るのはみんな保護を求めてきた人たちだもの、かくいうわたしもそうだけどね・・ほら周りのみんなを見てみて」


 いわれるままに改めて周りの人たちを見てみれば、色んな人種の人がいるのに気がついた。

 白人黒人アジア系。インドっぽい人やラテンっぽい人もいるけど、それに紛れて、ちょっと変わった人もいる。さっきの猫耳の人もそうだけど、うさぎみたいな耳の付いた人とか、背中に羽が生えた人とか、妙に耳の長い人とか・・。

 

「ここに逃げてこられた人たちはほんの一部よ。毎日のように他の国から奴隷として人が運ばれてくるし、同じように連れて行かれるの・・」

 

「なるほど、先の扱いは確かに、わしらには必要じゃったの」


 瑞穂ちゃんが、カップから口を離して空中に「ホッ」と息を吐いた。


「人さらいとは、よく耳にしておったものの、ここに遭うては人ごとではないと身に沁む思いじゃ。かえって礼を言いたいくらいじゃぞえ」


 言いながらピピカちゃんのお鼻をちょんと触る。


「わしらはともかく、ピピカになんぞあった日には、後で化けて出たとてどうにもならぬ。そなたらのいう通りじゃ。努々忘れぬよう振舞おうと思う・・」


 その通りだ。

 みんなでお母さんになろうって決めたのに、自分勝手な当たり前引きずって周りを見ようともしていなかった。

 ちゃんとお母さんになるってことは、ちゃんと大人になるってことだ。

 知らなかったじゃどうにもならない。

 異世界だからなんて言い訳にもならない。

 どこにいたってちゃんとしたお母さんでいられるように勉強しよう。今すぐ。

 自分に甘えてたってピピカちゃんは護れないんだから!

 リリオさんがいってた「自分を信じられる自分自身を磨く」ってそういうことだね。


 改めて顔を引き締めると、みんなの雰囲気が変わってるのに気がついた。

 みんなも気がついたんだろう。

 それぞれに顔を見ながらコクリと頷きあう。


「えへへ」


 なんだか、昨日もみんなで誓いあったけど、もっと覚悟が定まった。

 そして、みんなが大好きになった。

 

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