第10話「 アフ~・・ 」

「う~ん!」


 ウィンローさんとマルリーさんに深々と頭を下げて見送った後、ようやく身体を伸ばと、体中がポキポキ鳴った。  

 すっかり日も落ちて、わずかな残照が波間をうっすらと照らすのを横目にしながら、改めて正面の建物を見上げる。

 観音開きの大きな入り口のある、教会っぽい建物。

 片側だけ開かれた扉の傍らで、丸っこいシルエットになったリリオさんが、笑いながらこちらを見てた。


 海嘯かいしょうの魔女・リリオ。

 海嘯ってなんだろ? あとで聞いてみよう。

 そこらのおばさんだよってマルリーさんは言ってたけど、申し訳ないけどその言葉通りの人だった。

 魔女っていう呼び名が表す、厳しかったり、おどろおどろしいイメージは随分変ってきてはいたけど、白髪を頭の上でお団子にひっつめたリリオさんは、おばあちゃんと一緒に買い物にいく時、必ず顔を出す八百屋のおかみさんを思い出させた。

 体は小さいのに元気で優しくて、なんというか全身から『人情』が溢れ出ている感じがそっくり。

 おばあちゃんはこの八百屋のおかみさんが大好きで「ファンだ」と公言してたけど、今ならよくわかるなあ。


 今夜はここに泊めてくれるんだって。

 マルリーさんが話をしてからほぼ二つ返事で、素性も聞かずにこの待遇です。

 明日からはどうしようって考えちゃうけど、とにかく色々お話聞いてから考えようってことになった。

 なんだか夕日に引っ張り出されたセンチメンタルも、人の優しさの前ではなんの力も持たないんだなあ。

 ちゃあんとこういうこと勉強しておかないとね。

 なんたって今やわたしたちはお母さんなんだし!


「さあ、みなさん。詳しい話は後にして、まずはお風呂に入んなさいな。家は貧乏だけどお風呂だけは自慢でね。マリル、セティア案内してあげて」


「はい」


 なんだか侍女っぽいお姉さんたちが、ニコニコしながら前に進み出てきた。

 侍女っぽいっていっても服装は普通。さっき街中で見た女の人たちと変らない。


「ありがとうございます! リリオさん」


一旦扉の向こうに消えたリリオさんが、ちょっとだけバックして笑顔で手を振ってくれた。

  

「のぅすずよ。オフロとはなんじゃな?」


お姉さんたちについていこうとした矢先に、瑞穂ちゃんが衝撃的な質問を!


「え? オフロは・・お風呂だよ。え~っと呼び方が違うのかな? あの~ね。お湯に入るんだよ。身体洗ったりするところ。瑞穂ちゃんたちはなんていうのかな?」


「オユニハイル?」

「オユニハイル?」

「オユニハイル?」


まさかの三重奏でかがりちゃんとムスヒちゃんも続いた。


「なんだ、お前ら風呂にへえったことねえのかよ? 道理でなあ・・正直ちょっとにおうとは思ってたけどそりゃ無理もねえな」


 へへっと笑いながら真砂ちゃんは、どこから出したのか豆絞りを担いで仁王立ちしてる。


「よしよし、いっちょ姐さんが教えてやるよい! ついといで!」


 そういうとガハハと笑いながらガニ股でノシノシと先のお姉さんたちに続く。

 お姉さんたちは、思いっきり苦笑してた。

 わたしは、なんだかすごく恥ずかしくなったよ。




「洗濯するものがあればこちらで賜りますので、遠慮なくどうぞ」


 随分広々とした脱衣所で、多分マリルさんって呼ばれてた方のお姉さんが申し出てくれたけど、そこまでお願いするのもなんだな~。

 見たところ、当然洗濯機なんてなさそうだし、タライに板みたいなの入れてゴシゴシするのかな? それで五人分とか大変だろうし。

 下着とか手洗いしたいけど、貸してもらうお風呂で洗うのもどうかと思うしなー。


―― どうしようかな?


 そう思ってたら、もう一人のお姉さんが、脱衣所の隅っこで山になってる洗濯物の方に進むと、なにやら手を前にやってブツブツ言い始めた。

 するとかざした手の先にむりゅむにゅ水の塊りができ始めたのだ!


「・・・すごい! 魔法ですか!?」


 マリルさんが、笑いながら頷く。

 水の塊りは、お姉さんよりも大きくなって無重力で浮かぶみたいにプアプア漂ってる。 

 洗濯物を抱え上げてそこにどんどん入れていくと、水の塊りは細かい泡を内側にブワッと出して、凄い勢いで回り始めた。真っ白な球に見える。

 

「大した手間ではありませんので、皆さんの分もご一緒に。上がられるまでには風で乾かしておきますので」


 なんと乾燥魔法なんてものまであるのか! 魔女って凄いな! 

 そういうことなら甘えちゃおう。

 さっさと服を脱ぎ始めると、みんなはポカ~ンと口開けて洗濯魔法に見入ってる。


「みんなもついでにお願いしちゃおう。遅れるとお手間になっちゃうよ」

「お・・おう」


 威勢の良かった真砂ちゃんも、さすがに面食らってる。

 でも急がなきゃなんない。またパンツ見せろとか言われちゃうし、さらに・・。


「すずよ、それはなんじゃ?」


 ほらキター!


「ああ、ありゃ乳バンドだよ」


 チチバンドー!? なんちゅうネーミングだよ!

 とにかく、洗濯終わったら見せてあげるよ。ヤだけど、仕方ない。

 それにあの状態で洗濯するなら靴下もお願いできる。会ったばかりの人に二日間履きっ放しの靴下預けられるほどの心臓持ってないけど、水の塊りが回ってる内に放り込めればいい。スッポンポンでも構うもんか!


「さあ! 早く脱いで脱いで!」


 みんなに声かけながら、ピピカちゃんとコーちゃんに駆け寄る。


「コーちゃん、ピピカちゃんも一緒にお風呂入るから服脱ごうねー」


 ピピカちゃんはキョトン。

 コーちゃんは心配そうに「コー」って鳴いたけど、目を見ながら「体きれいにするんだよ」って説明したらモゾモゾとピピカちゃんから離れてくれた。

 ピピカちゃんのガーゼっぽい下着を注意深く脱がせて、まだ脱ぐのに躊躇してる瑞穂ちゃんとかがりちゃんの着物もバンバン剥ぎ取って、和さんが用意してくれた服も一緒に抱え上げると「お願いします!」ってグルグル回る水の塊りに突進する。

 水の操作していたお姉さん ― セティアさんだっけ? は、ちょっとたじろいでたけど、それでも笑って引き受けてくれた。


「では、お風呂の説明をしますね」

「ほら早く、みんな!」


 マリルさんも苦笑してるけど、わたしはお風呂に入れる嬉しさと、みんなを急がせた勢いで変なテンションになっちゃってる。

 それに比べてかがりちゃんと瑞穂ちゃんは少しでも体を内側に隠すようにモジモジしてた。


「お風呂とは、裸で入るのでございますか・・誰かに裸など見せたことはないのですが・・」

「うむ。わしも気恥ずかしいの・・」

「ダイジョーブ! ほら真砂ちゃん見て」


 真砂ちゃんはスッポンポンに豆絞り担いだ仁王立ちである。

 なぜかムスヒちゃんもそれに倣って仁王立ちで笑っている。

 思わずその横に並びたくなったけど、ピピカちゃんを抱き上げてガマンした。






「アフ~・・」


 ああ。

 ああ、極楽だぁぁ~。

 

 お風呂に続く扉を開けた途端、湯気で真っ白だったから、そういえば昔のお風呂はサウナみたいに蒸気を浴びるものだったはず!って思い出したけど、何のことはなく薬草を蒸して作った蒸気で満たしているそうで、お風呂は普通のお湯のお風呂だった。

 白い布のボールみたいなのがプカプカ浮いてるけどこれも薬草かな?

 湯船はおっきくて、五人で入っても十分の広さ、堪りませんなあ。


 シャンプーやリンスに該当するものはなかったけど、いい匂いのする石鹸はあったからもうそれだけで十分だったよ。

 今までかがりちゃんは、行水で体洗ってたらしいから石鹸の使い方だけ教えればよかったけど、ムスヒちゃんと瑞穂ちゃんは体洗うのも初めてだそうで、なんと石鹸が泡立たないほど汚れが溜まってた!

 とにかく垢を全部落とすまで湯船に浸かっちゃダメ!って真砂ちゃんと二人して背中流すことになったけど、体だけじゃなく髪も自分の油なのか、何か別のものでも塗ってたのか指が通るようになるまで洗って流して洗って流して五周くらいはかかった。

 

 そうやってようやく今に至るのであります。



「確かにこれは・・・なんという心地よさでございましょうや・・」


 うっとりと溜息をつくかがりちゃん。

 その腕でピピカちゃんも「ハプー」と静かに息を吐いた。

 お湯を張った手桶の中では、縁にアゴを乗せたコーちゃんがやっぱり気持ちよさそうに目を閉じてる。


「ほんとだネ~・・」

「これまで知らなんだとは、もったいのないことじゃ~・・」

「なあ~・・。風呂にへえらねえなんて人生の楽しみ半分棒に振ってるようなもんだろ~・・」

「なんか真砂ちゃん、じじくさいよ~・・」

「うるせえよ~、へへへへ・・」


 たった一日お風呂に入れなかっただけでも、この気持ちよさはホントに堪らない。

 初お風呂の三人はなおさらだろうね~。もしかしたらピピカちゃんも初かな~。

 ピピカちゃんを抱っこしたくなったから、かがりちゃんに替わってもらう。

 うっすら目を開けてエヘ~って微かに笑うピピカちゃん。

 気持ちいいねえ。よかったねー。

 一応わかっちゃいたけど前は付いてない。やっぱり女の子だった。

 だってそれすら聞いてなかったんだもん。

 貸してもらった柔らかい布で、耳の後ろや首筋なんかもゆっくりこすってあげると、もうピピカちゃんは寝てしまいそうになってる。足の内側や足の指もちゃんとこすって背中の方に手を回す。と、変な感触に気がついた。

 お尻の上の辺りになんか固い出っ張りがある。イボ?

 そっと態勢変えて見てみると、ん? なんだこりゃ? イボにしては、こう、円錐っぽくてちょっと大きめで・・よくみると時々左右に動いてる・・? 

 尻尾っぽいけどなんだこれ?

 さらに、肩甲骨の辺りにも、なんだか肌の色より随分と濃い色の、朝顔の蕾みたいな形のものが・・?

 そーっと触ってみると・・開く。なにこれ?


「羽?」


 それは確かに羽だった。

 コウモリみたいな羽。確かに背中から生えてる。

 わたしの親指の先くらいしかないけど、これは一体・・。


「羽ですね?」


 知らないうちにマリルさんが、後ろに立っていた。

 びっくりしたあ!


「後でリリオに聞いてみましょう。それより赤ちゃんにあまり長湯はよくありませんよ」


 驚いたわたしに構わずニコニコしながら両手を伸ばしてくる。

 気がつけば隣にはサティアさんもいて、ぎこちなく笑いながら、そっとお湯の中に手を差し入れた。


「えっと・・」


 なんだか、不安になって咄嗟にピピカちゃんを抱きとめたけど、それよりも素早くマリルさんが抱え上げてしまった。


「ちょっ!」


 慌てて立ち上がろうとしたその瞬間、ゆるくて温かいのに有無を言わせない力が体中を縛りつけた。


「なに!」

「これは!」


 みんなが口々に叫ぶ中、わたしはすぐに気がついた。

 サティアさんが、魔法でお風呂のお湯を操作したんだ! 

 全然動けない!


「どういうことですか!」

「うちのお風呂はいいお湯でしょう?」


 必死で上げた声に、のんびりした声がかぶさった。

 目を向ければ白い湯気の中、リリオさんが満面の笑顔のままゆっくりやってくる。 

 

「町に入る前に聞かされなかったかしら? 人さらいには気をつけろって」

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